回折吸収スペクトル法(Diffraction Anomalous Fine Structure:DAFS)による窒化物半導体の局所構造解析 ~LED素子の性能向上を目指して~No.054

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回折吸収スペクトル法(Diffraction Anomalous Fine Structure:DAFS)による窒化物半導体の局所構造解析 ~LED素子の性能向上を目指して~No.054

回折吸収スペクトル法(Diffraction Anomalous Fine Structure:DAFS)による窒化物半導体の局所構造解析 ~LED素子の性能向上を目指して~

成果のポイント

  • DAFS解析により、XAFS測定では難しいGaNと積層して形成された窒素インジウムカリウム(InGaN)結晶中のガリウム(Ga)原子近傍の原子配位環境の評価を実現
  • 本技術の活用により、LEDの発光特性に影響の大きいインジウム(In)原子の凝集の程度を評価し、製造条件を適切に制御することで、LED製品の性能向上が可能となる

研究・開発機関:日亜化学工業株式会社

SPring-8の活用

背景
 III族窒化物半導体の窒化インジウムガリウム(InGaN)は、発光ダイオード(LED)や、太陽電池のようなデバイスにおけるキーマテリアルです。特にLEDではサファイヤやGaNなどの単結晶基板の上に結晶成長したInGaNを発光層として用い、この層で電子と正孔が再結合する事により発光が実現します。ここで、InGaN結晶は、成長時にInNとGaNの結晶格子の大きさを決める格子定数差に起因する非混和性*により、In原子が凝集しやすい傾向があります。この凝集箇所においてキャリア**が局在化することが、高い発光効率の重要なメカニズムであると言われており、In原子凝集の状況(密度や分布)を評価し適切な制御を行うことは、LED製品の性能向上につながると考えられています。
 InGaN結晶のIn原子凝集度合いの評価には、着目した原子から見た短距離の原子配位環境の情報が得られるX線吸収微細構造(XAFS)による評価が有効で、これまでにIn原子から見たXAFS測定が広く行われてきました。一方でGa原子については、InGaN結晶が一般的にGaN結晶を下地として成長されるため、通常のXAFSではGaN結晶のGaとInGaN結晶のGaとを分離した測定が困難なことから、平均情報しか得られずGa原子から見た配位環境の評価ができませんでした。
 そこで一般的なXAFS測定では困難なGa原子周りの局所構造評価を、XAFSとX線回折を組み合わせた回折吸収スペクトル法(DAFS)***[1]により実現しました。
 InGaN結晶とGaN結晶は回折条件を満たす角度が異なるので、InGaNとGaNからのGaの信号を切り分けることが可能で、回折強度のエネルギー依存性を測定することにより、XAFSと同様に原子配位環境の情報が得られます。つまりDAFSによりInGaN結晶内のGa原子から見た配位環境が評価可能になります。

成果の詳細
 SPring-8 のビームラインBL16XUにおいて、InGaN結晶(In組成32 %)のGa原子についてのDAFS測定を実施し、下地およびキャップ層のGaN結晶の信号と切り分けてInGaN結晶のみの情報を取得することができました。得られたDAFSの解析を行うことでGa原子から見た動径構造関数****を取得しました。シミュレーションモデルとの比較により、Ga原子から見たIn原子は凝集なくランダムに配位している可能性が高いことが確認されました。
 XAFSとDAFSの相補的な評価で、InGaN結晶内のIn原子凝集評価手法がより精密になると考えられます。緑色発光を示す高In組成のInGaNにおいては、In凝集が発光効率に悪い影響を与えることが報告されています。In原子凝集評価の結果をもとに、In原子凝集に影響すると考えられるIn原料の濃度、結晶成長時の圧力・温度、キャリアガス流量などのパラメータを最適化することで凝集を解消でき、今後より高性能なLEDの開発につながると期待できます。


結果

InGaN結晶とGaN結晶の情報の分離

 下図に試料の0002反射のXRD逆格子マップと0002反射近傍のqzプロファイル*****を示す。なお挿入図は試料構造の模式図を表す。GaN結晶とInGaN結晶の反射が空間的に分離(赤線と黄線)されていることから、DAFSプロファイルをそれぞれ個別に取得可能であることがわかる。DAFS測定では、GaのK吸収端の近傍でエネルギーを走査し、回折強度のエネルギー依存性を測定した。

図1

DAFSによるIn原子の凝集程度の評価

 DAFSで得られたデータは対数分散関係法[2]を用いて解析し、InGaN結晶のGa原子から見た動径構造関数を算出した。動径構造関数のフィッティングにより、Ga原子の第二近接原子12個中のIn原子の配位数が算出できる。In原子がランダムに配位している場合、配位数は12個×In組成に一致し、In原子が凝集している場合、配位数はそれよりも小さい値になると考えられる。今回算出した動径構造関数より得られた配位数は、12個×In組成の値(右図中点線)と概ね一致し、結晶にIn原子が凝集なくランダムに存在していることが示唆された。

図2

DAFS結果から推測されるGa原子から見た結晶構造モデル

 動径構造関数の解析をもとに、第二近接原子にIn原子が4個存在する条件のもとで、実験データを再現する結晶構造モデルを探索した。結果、中心原子と同じxy平面に2個、異なるxy平面に2個In原子が存在するモデルで実験データが良く再現された。これにより、InGaN結晶内でIn原子は特定の方向に偏ることなく、ランダムに存在している可能性が高いことが示された。 In組成が25%を上回る緑色発光を示す高In組成のInGaN結晶においては、In原子の凝集箇所が非発光再結合の起点となり発光効率低下が低下すると報告されている。今回の試料のようにランダムなIn原子の配置となる成膜条件を検討することで、LEDの性能向上が実現できると期待できる。

図3

参考文献
[1] 水木純一郎、日本結晶学会誌, 39(1), 31 (1997).
[2] T.Kawaguchi et al., J. Synchrotron Rad., 21, 1247 (2014).


【用語解説】

*非混和性:
二つの流体が相互にほとんど溶解しない場合を指す。

**キャリア:
動ける状態の電子 (伝導電子)とホール(正孔)を指す。半導体においてはキャリアが移動することで電流が流れる。通常陽子と電子の数は同じだが、電子が原子から抜けると穴(電子が抜けた箇所)ができることがある。これをホールと言う。

***回折吸収スペクトル法(Diffraction Anomalous Fine Structure:DAFS):
回折法とXAFS法を合わせた構造解析手法で、それぞれの単独の手法では得られなかった構造情報を得られる手法。例えば、同種原子が結晶中で2種類以上の環境の中に存在する場合、通常のXAFS法ではそれらを平均化して観測するが、DAFS法ではそれぞれを区別して観測できる。

****動径構造関数:
対象元素の原子核を起点とし、そこから“どのくらいの距離”に周辺原子が存在しているかを示す二次元分布図

*****qzプロファイル:
逆格子空間中のある結晶面(今回は(0002)面)の法線ベクトルと平行方向に取得した回折強度分布におけるラインプロファイル


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL16XU
  • 掲載日:2024年2月19日

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