ウレタンゴム中におけるセルロースナノファイバーの凝集構造の解析 No.052

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ウレタンゴム中におけるセルロースナノファイバーの凝集構造の解析 No.052

ウレタンゴム中におけるセルロースナノファイバーの凝集構造の解析

成果のポイント

  • 放射光小角X線散乱(SAXS)マッピングにより、ウレタンゴム中におけるセルロースナノファイバー(CNF)の分散状態の可視化に成功
  • ウレタンゴム中におけるCNFの凝集構造は、CNFの製造方法や、表面修飾の有無によって大きく異なることを解明
  • CNFの凝集制御の手段として表面修飾の有効性を確認できたことで、今後のCNFを利用した複合材料開発や高機能化へ展開

研究・開発機関:宮城県産業技術総合センター

SPring-8の活用

背景
 近年、セルロースナノファイバー(CNF)を利用した複合材料*開発が注目されています。CNFは再生可能なバイオマス資源である植物のセルロース繊維をナノレベルまで細かく解繊して得られる極細の繊維材料です。これらを樹脂等の中に分散させることにより、軽量かつ高強度、透明性、酸素等を通しにくい性質(ガスバリア性)等の優れた特徴を有することから、包装材料、電子材料、自動車部品等幅広い分野での応用が期待されています。これらCNFの製造方法、すなわち木材パルプからの解繊**方法は、大きく分けて2種類に分類されます。ひとつは高圧ホモジナイザー等を用いて機械的なせん断により解繊する機械解繊で、もうひとつは化学的処理を加えることでより高度な解繊を目指す化学解繊です。これらの製法の違うCNFは異なる物性を示すため、用途や目的によって使い分けることが重要です。
 宮城県産業技術総合センターでは、CNFの実材料への応用として、ウレタンゴムとCNFを複合化したCNF強化ウレタンゴムの開発を進めてきました。これまでに、ウレタンゴムにフィラーとしてCNFを少量添加することで、無添加品と比べて引裂強度が有意に向上することを発見し、実用化へ向けたさらなる引裂強度の向上を目指しています。一般的に、ゴム材料の物性は補強材として添加されるフィラーの凝集構造に大きく影響されると考えられています。そのため、さらなる性能向上のためにはウレタンゴム中でのCNFのふるまい、たとえば上記の解繊方法の違いとマクロな凝集構造との相関などを理解する必要がありましたが、現在のラボレベルの分析装置では、分解能等の問題からCNFの凝集構造や分散状態等を明らかにすることは非常に困難でした。

成果の詳細
 そこで、解繊方法の異なるCNFや、CNF表面の水酸基を疎水性官能基に置換した表面修飾CNFを添加したウレタンゴムを作製し、SPring-8のBL19B2にて極小角/小角X線散乱(USAXS/SAXS)測定***によるウレタンゴム中における各種CNFの凝集構造解析を行ったところ、CNFの種類(化学解繊、機械解繊)や表面修飾の有無によって、ウレタンゴム中でのCNFの凝集構造に大きな違いが表れることがわかりました。
 また、得られた散乱プロファイルを定量的に解析するために、階層構造を統一的に記述するモデル式を用いて詳細な解析を行ったところ、表面修飾をしたCNFでは未修飾のCNFに比べて、凝集塊、凝集体の慣性半径****の値が小さい値を示すことが分かりました。この結果からウレタンゴム中において表面修飾CNFは、未修飾CNFと比較して、水素結合による凝集が抑制され、分散性が向上することが示唆されました。
 さらに、SPring-8のBL40B2で放射光の高輝度ビームを用いたSAXSマッピングを実施することにより、ウレタンゴム中における解繊方法の異なるCNFの凝集構造の可視化に成功しました。このことから、製造方法(木材パルプからの解繊方法)の違いによりウレタンゴム中の凝集構造に明確な違いがあることを明らかにしました。また、解析結果の妥当性を検討するために、透過型電子顕微鏡(TEM)によるウレタンゴムの試料断面観察も実施したところ、SAXSの解析結果と良い一致を示しました。
 これらの結果から、CNF凝集構造の制御手法として、表面修飾技術の有効性を確認することができました。今後のCNF複合材料開発に関する新たな知見が得られたとともに、高機能化につながる成果への展開が期待されます。


結果

放射光SAXSマッピングによるウレタンゴム中における各種CNFの分散状態の可視化

図1

(機械解繊CNFと化学解繊CNFを1 wt% 添加したウレタンゴムのSAXSマッピングと濃度分布ヒストグラム。厚さ0.2mmのウレタンゴム試料を1点あたり露光時間6秒、0.2 mmピッチの条件にて測定。)

 濃度分布ヒストグラムでは、分布の山が尖っているほど試料内におけるCNFの濃度ムラが少ないことを意味します。マッピングの測定結果から、機械解繊CNF(左)は試料全体に比較的均一に分布しているのに対して、化学解繊CNF(右)はサブミリ~ミリメートルの凝集塊が島状に分布している様子が明瞭に確認できます。

Unified Guinier /power-lowによる散乱プロファイルの解析結果

図2
図2-2

(数式はBeaucageが提唱した階層構造を統一的に記述するモデル式(unified Guinier/power-law approach)を示す。また、図の散乱プロファイルは、USAXSとSAXSの各測定により得られたデータに対してバックグラウンド除去等の前処理を行った後にマージしたものである。)

 表面修飾CNF(右)では、未修飾CNF(左)と比較して散乱プロファイルは全く異なり、各凝集塊、凝集体の慣性半径が小さくなることがわかりました。すなわち、各散乱プロファイルについてunified Guinier/power-law-approachによる解析を行ったところ、凝集塊、凝集体の慣性半径Rg2Rg1は未修飾CNFではRg2 > 1000 nm、Rg1 = 10 nmだったのに対して、表面修飾CNFではRg2 > 450 nm、Rg1 = 3.3 nmとなり、表面修飾CNFの凝集塊、凝集体の慣性半径は未修飾CNFと比較して小さい値を示しました。この結果は、表面修飾によって、ウレタンゴム中におけるCNFの凝集が効果的に抑制されていることを示唆しています。


【用語解説】

*複合材料
数種類の材料を混ぜることで、強度等が補強された材料。本稿ではウレタンゴムにCNFを添加している。

**解繊
繊維を機械的・人為的にときほぐすこと

***超小角/小角X線散乱(USAXS/SAXS)測定
小角X線散乱測定は、X線を物質に照射して散乱したX線のうち、散乱角が10°以下の散乱を測定し、物質の構造を評価する分析手法。極小角散乱測定は、従来の小角X線散乱で測定される領域よりもさらに小さい角度(極小角)領域におけるX線散乱を用いた分析手法。小角散乱が約1–100 nmに対して、USAXSは数百nm程度のスケールに対応した構造情報が得られる。

****慣性半径
物体の軸から、慣性モーメントが物体全体の慣性モーメントと等しい物体内での点までの距離のこと。散乱体のおおよその大きさを表す指標となる。なお、慣性半径は物体の形状や密度分布に応じて異なる。


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL19B2
  • 関連発表等:第19回SPring-8産業利用報告会
  • 掲載日:2023年5月22日

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