人材育成の原点 -第6期科学技術イノベーション基本計画に期待する-

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人材育成の原点 -第6期科学技術イノベーション基本計画に期待する-

雨宮 慶幸 AMEMIYA Yoshiyuki
(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

雨宮慶幸 JASRI理事長

 少子高齢化の中、「人材育成」の重要性が強調されるようになりました。しかし、人類の歴史は人材育成の営みの中で世代を繋いできたのであり、人材育成は時代・地域を越えて普遍的なものであり、特に今更強調されるべき事柄ではない、とも云えます。国造りがトリガーになり、明治政府が富国強兵に向けての人材育成を企図したように、昨今は、少子高齢化がトリガーとなり、国力・経済力の維持というプラグマティックな必要性から各分野・各階層で人材育成が強調されています。プラグマティックな視点の人材育成に対しては一定の評価はできますが、それだけでは限界があると懸念します。ここでは、皆さんからご批判・コメント等をお聴きする機会に繋がればと期待し、標題について私見を述べたいと思います。
 人材育成は教育そのものであり、育児は育自とも言われるように、教育する側も教育を通して学び、成長できるプロセスであると考えています。ここで必要なことは相互尊重であり、聖書の言葉を借りれば、「自分を愛するように、あなた方の隣人を愛しなさい」1)の趣旨に相当します。年齢・職位の上下に関係なく、お互いに学び合うという姿勢が重要です。従って、人材育成は、仕事・業務の一部ではなく、人間としての生き方・職業そのものの原点だと思います。
 教育(=人材育成)とは、教師が学生に何かを教えるという一方向の情報伝達ではなく、教師は学生の中に元々備わっている資質(能力、性格、良心等)を「引き出す」ことであるという考え方があり、educationの語源がラテン語のeducatio(引き出す)にあるとも云われています2)。このことは、私自身の体験と一致していて、恩師である高良和武先生3)から、何かを教え込まれたというよりは、私の中にある何か(好奇心、探究心等)を引き出して頂いたと感じています。実際は色々と教えて頂いたにもかかわらず、自分が勉強して自分で育ったという身勝手な解釈だと云われそうですが。その後、21年間東大で教員を務めましたが、私の接した学生も自分が勉強して自分で育ったと感じているようです。
 プラグマティックな側面の人材育成に関して注意すべき点は、「役に立つ人間を育成する」という功利的な狭い人間観に陥らないこと、です。高齢化に伴い、安楽死・高齢者介護のあり方に関連して、「人間の尊厳性」について議論されますが、「人間の尊厳性」は人材育成とも密接に関わる事柄です。
 科学技術は、人間の生活を豊かにすることを目指していますが、残念ながら科学的な知識・知見からは「人間の尊厳性の根拠」を見出せずにいます。それどころか、科学的知識は、自然界における適者生存、弱肉強食の不可避性や超自然的存在の否定を通して、嘗て宗教・哲学が論じてきた「人間の尊厳性の根拠」をむしろ懐疑的にさせる傾向性があります。アインシュタインは「宗教なき科学は不具であり、科学なき宗教は盲目である」4)と云っています。哲学者である金森修氏5)は、その論文6)の中で「この神的背景を備えた<人間の尊厳>概念は、(中略)、依然として人間存在の超越性を示唆し続けることをやめないだろう。それこそがこの概念の独自の価値なのである」と述べています。歴史的には、宗教が諸文明・文化の基層を成してきたように、宗教はこれまで重要な役割を果たしてきました。しかし、宗教には盲目である側面があることも事実で、その役割には限界があることは明らかです。自然科学・技術に対しても同じ事が云えます。役割だけではなく、その限界もしっかりと意識して、これに対する必要があります。2021年から始まった第6期科学技術イノベーション基本計画では、「人文科学のみに係わる科学技術」がその振興対象に加わりました。上述の事柄に関しても、人文科学者の視点を含めて、総合知を目指した議論が進むことを期待しています。

1)新約聖書 マタイ22章39節
2)http://blog.izumishobo.co.jp/sakai/2008/09/post_612.html
3)https://ja.wikipedia.org/wiki/高良和武
4)https://www.iwanami.co.jp/kagaku/KaKa200503.html
5)https://ja.wikipedia.org/wiki/金森修
6)金森修:「<人間の尊厳性>概念の超越的性格の根源性」、生命倫理 24 (2014) 68-75.

<過去の理事長室から>  
待った無しの「2050年カーボンニュートラル」 −IPCC報告書を読んで− Volume 26, No.3 Page 250
JASRI創立30周年を迎えて Volume 26, No.2 Page 91
正見 −八正道と放射光科学− Volume 26, No.1 Page 1
一口講座:物理法則は数式ではなく量式である −数と量の混同について− Volume 25, No.4 Page 271
−夢なき者に成功なし− Volume 25, No.3 Page 210
−コロナ後の世界を考える− Volume 25, No.2 Page 87
−新年の抱負と健康長寿の心身の生活習慣− Volume 25, No.1 Page 1
−高輝度研究者センター− Volume 24, No.4 Page 364
−理事長に就任して− Volume 24, No.3 Page 249

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