一口講座:物理法則は数式ではなく量式である -数と量の混同について-

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一口講座:物理法則は数式ではなく量式である -数と量の混同について-

雨宮 慶幸 AMEMIYA Yoshiyuki
(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

雨宮慶幸 JASRI理事長

 古代ギリシャの数学者・哲学者であるピタゴラスは、「万物は数である」という有名な言葉を残した。物理学の強みは、物理法則が数学を用いて記述できることにある。しかし、「物理法則は数式で記述される」というのは間違いであることに、ある時気がついた。例えば、代表的な物理法則であるニュートンの運動方程式f = maは、f(力)、m(質量)、a(加速度)という3つの物理量の間に成り立つ式であり、これは数式ではなく「量式」である。従って、「物理法則は、数式ではなく量式で記述される」というのが正しい。
 よくよく考えてみれば、力、質量、加速度という物理量のみならず、私たちが身近に使用している長さ、時間という物理量も、極めて抽象的な概念である。豊かさ、愛の力、心の広さ、悩みの深さ、等々と同じように。
 このような抽象的な物理量を定量的な数で表すためには、①物理量=数×単位、即ち、数=物理量/単位という変換ができること、②単位を普遍的かつ一貫性を持って定義できること、という2つの前提が必要である。この前提が成立すれば、豊かさ、愛の力、心の広さ、悩みの深さ等も数に変換でき、数式で定量的に表せるようになる訳である。
 量と数は比例する関係にあるが、この2つを明確に区別しないと混乱を招くので注意が必要である。例えば、設問「粒子が速度vで動いている。t秒間に進む距離は?」に対してvtと答えたくなるが、これは間違っている。何故なら、vは速度、tは数、それらを掛けたvtは速度であって距離ではない。正しい答えはvt秒である。最後に秒という単位があるので違和感を感じるが、距離を表す量になっている。混乱を招かない設問は、「粒子が速度vで動いている。時間tの間に進む距離は?」であり、その答えはvtである。ちなみに、量や数を文字で表す時、量と数を混同しないように、量はイタリック体、数は立体活字で表す決まりになっている。例えば、時間tは、数tと単位s(second)の掛け算として、間に半角を入れて、t = t sで表す。
 物理量をグラフや数式・関数で表す時にも、数と量を同一視して混乱を招く場合がある。物理量を、グラフ、即ち、数を表す数直線上に目盛るためには、数=物理量/単位という変換(=無次元化)を行う必要がある。従って、グラフ軸の目盛りは、長さ/メートル、時間/秒、力/ニュートン、と記述しなければならない。ところが、慣用的に、長さ(メートル)、時間(秒)、力(ニュートン)、と括弧を用いることが許されていて、このことが量と数を同一視してしまう混乱に拍車をかけていると私は感じる。また数式にする場合、例えば、距離=速度×時間という量式は、各々の物理量を単位で割って数に変換して、距離/m=速度/(m/s)×時間/s、としなければならない。
 数量(quantity)という言葉があるが、この言葉も数と量を混同させる一因になっているように感じる。英語の場合は、countableとun-countableの区別があるが、日本語ではその区別がないので尚更である。
 先に、②単位を普遍的かつ一貫性を持って定義できること、という前提を述べたが、種々の物理単位を定義する上で基本となる単位(SI基本単位)[1]の定義改定が2018年の国際度量衡総会において決議され、2019年5月20日から施行されている。詳細は割愛するが、今回の改定の基本的な考え方は、基本単位を「定義された物理定数」に基づいて定義するというものである。物理学が自然現象を数式で定量的に表現できる背景には、基本単位の定義に関する弛まない知の蓄積がある。
 将来、人間の心に関する種々の量(豊かさ、愛の力、心の広さ、悩みの深さ等)も、その基本単位が普遍的に定義されるようになれば、それらの量を数式で定量的に表せるようになるであろう。このことの是非について、社会科学者・人文科学者も含めて、議論したいと考える今日この頃である。

 

[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/SI基本単位

 

<過去の理事長室から>  
−夢なき者に成功なし− Volume 25, No.3 Page 210
−コロナ後の世界を考える− Volume 25, No.2 Page 87
−新年の抱負と健康長寿の心身の生活習慣− Volume 25, No.1 Page 1
−高輝度研究者センター− Volume 24, No.4 Page 364
−理事長に就任して− Volume 24, No.3 Page 249

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