金属ガラスのチャンピオン-最大サイズの 金属ガラスの原子配列の秘密(プレスリリース)

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金属ガラスのチャンピオン-最大サイズの 金属ガラスの原子配列の秘密(プレスリリース)

2022年8月30日
熊本大学
高輝度光科学研究センター
東北大学金属材料研究所

(ポイント)
●現在最も大きなバルク(塊)状を形成できる金属ガラス注1Pd42.5Ni7.5Cu30P20の原子の並び方に、ガラスになりやすい不均質性を示す多くの特徴を見出しました。
●実験はフランスにある放射光施設や中性子源を用いて、日仏独英の共同で行いました。
●得られた実験結果の解析は、日本とハンガリーで開発した最新のアルゴリズムを用いました。


 熊本大学の細川伸也特任教授およびラスロー・プスタイ卓越教授(ハンガリー科学院より併任)は、フランス・国立科学研究センター(CNRS)、ドイツ・マールブルク大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、物質・材料研究機構(NIMS)、東北大学金属材料研究所、フランス・ラウエ・ランジュバン研究所(ILL)およびイギリス・バース大学の研究者と協力して、放射光X線を利用したX線異常散乱実験注2および強力中性子源を用いた中性子回折実験注3を行うことにより、現在8cmを超える最も大きなバルク状を形成することができるパラジウム(Pd)・ニッケル(Ni)・銅(Cu)・リン(P)系金属ガラスPd42.5Ni7.5Cu30P20(PNCP)の原子の並び方の特徴を捉えることに成功しました。これには、逆モンテ・カルロ法注4ボロノイ解析注5およびパーシステント・ホモロジー法注6などの最近のデータ解析に用いるさまざまな手法が利用されています。
 この研究により、なぜ金属原子が結晶として整列せず、ランダムに並ぶガラスとなり得るのかという、これまであいまいであった特徴をあぶり出すことができました。また、この研究成果は、これまで経験的にしか語られることがなかった、ガラス形成能(ガラスになりやすさ)に一定の指針を与えることができ、今後の金属ガラス材料の新規材料開発に新たな指針を与えるものとして期待されます。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超秩序構造科学」および基盤研究(C)、科学技術振興機構CREST、東北大学金属材料研究所全国共同利用共同研究の支援を受けて実施されたもので、オランダの科学出版大手エルゼビアの非晶質固体専門誌「Journal of Non-Crystalline Solids」に令和4年8月25日に掲載されました。

(論文情報)
論文名:Relationship between atomic structure and excellent glass forming ability in Pd42.5Ni7.5Cu30P20 metallic glass
著者:Shinya Hosokawa, Jean-François Bérar, Nathalie Boudet, Wolf-Christian Pilgrim, László Pusztai, Satoshi Hiroi, Shinji Kohara, Hidemi Kato, Henry E. Fischer, and Anita Zeidler
掲載誌:Journal of Non-Crystalline Solids 596, 121868-1-12 (2022)
doi:https://doi.org/10.1016/j.jnoncrysol.2022.121868
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S002230932200463X?via=ihub


[背景]
 研究対象としたPNCPは、2002年に東北大学において発見され、液体状態の金属を水中で急冷するだけで8cmを超える最も大きなサイズの金属ガラスを作製することができる物質で、現在のところ「金属ガラスのチャンピオン」と考えられています。そのガラス形成能は極めて高く、原子配列(原子の並び方)や電子状態(金属としての電子の振る舞い)の特徴を検討する研究が、数多くなされてきましたが、これといった決定的な結論は得られていませんでした。

[研究の内容]
 今回の研究は、原子配列について、Pd、Ni、Cu、Pそれぞれの元素の役割を区別して、それぞれの特徴を見出すことに焦点を絞って行いました。そのため、X線異常散乱実験や中性子回折実験によって、元素の寄与が異なる5種類のデータを世界最高の精度で収集しました。得られた結果の解析には、逆モンテ・カルロ法を用い、得られた原子配列の検討には、ボロノイ法とパーシステント・ホモロジー法を用いて行いました。特に、母合金でありガラス形成能がやや劣るPd40Ni40P20(PNP)やPd40Cu40P20(PCP)の結果と詳細に比較を行うことによって、ガラス形成能と直接結びつく原子の並び方の特徴を詳しく明らかにすることに成功しました。

[成果]
 図1に、総計10,000個の原子を用いた逆モンテ・カルロ法によって得られた、PNCP金属ガラスの原子配列の一例を示します。このような原子配列で、5種類の散乱実験の全てをよく再現できています。図を見てすぐにわかることは、元素が必ずしも均等に分布していないことで、特に赤い球で示したNi元素や青い球で示したCu元素はお互いにかなり集まり、位置が均質ではない(不均質)であることを示しています。ここで、Pdのことを主金属元素、NiおよびCuを第二金属元素、Pを半金属元素と呼ぶことにします。

図1:得られたPd42.5Ni7.5Cu30P20金属ガラスの3次元原子配列

図1:得られたPd42.5Ni7.5Cu30P20金属ガラスの3次元原子配列


 図2は、逆モンテ・カルロ法で得られた原子配列をxyz各方向に5等分、すなわち125の小さな立方形に分割し、その小立方体に含まれる各元素の数をヒストグラムで示しました。各元素がどのくらい不均質にガラス内に存在するかを示す指標となります。最もばらけた分布を示すのはNiおよびCuの第二金属の分布(d)です。したがって、図1で一見してわかる第二金属元素の大きな組成不均質性は、ここでも正しいと判断することができます。また、PNPやPCPと比較すると、第二金属元素のばらけ方はかなり大きくなっていることがわかりました。

図2:各元素の濃度ゆらぎ

図2:各元素の濃度ゆらぎ


 次に、ボロノイ法でこの原子配列の隣接する原子の並び方を検討しました。その結果、いずれの元素のまわりも図3に示すような正20面体的な配置を好んでいるものの、純粋な正20面体あるいは1隣接原子だけひずんだ正20面体は、NiやCuの第二金属のまわりにほとんど集結しており、PdあるいはPのまわりでは非常にひずんだ正20面体しか存在しないことがわかりました。また、PNPやPCPと比較すると、第二金属元素のまわりの純粋な正20面体あるいは1隣接原子だけひずんだ正20面体の割合は非常に増えることがわかりました。

図3:ガラスに特徴的とされる正20面体原子配列

図3:ガラスに特徴的とされる正20面体原子配列

 さらに、より広い距離範囲で特徴的な並び方がないか、検討を行うために最新鋭のデータ解析法であるパーシステント・ホモロジー法を用いて解析を行いました。その結果、PdおよびNi/Cu元素はともに数10原子をつないだ緩やかなリングを形成していることがわかりました。またそのサイズは、Cuで最も大きいことがわかりました。このリングの大きさは内部にその元素が存在しない、すなわち組成の不均質性を数学的に示す指標となっていますので、この解析によっても第二金属の組成不均質性が大きいことが確認されています。
 金属ガラスのガラス形成能については、最近では、異なった2つの性質を持った原子集団が互いに競合し合うことで、結晶になり難くなると考えられています。PNCP金属ガラスの場合、やや共有結合的な性質を持つPd-Pと、NiやCuの第二金属がつくる金属クラスターとの競合が起こるために優れたガラス形成能を生み出すと結論付けることができます。
 


[展開]
 今回、放射光施設や中性子源の大型施設を有効に用いた国際共同研究を行うことにより、一つの伝統的な金属ガラスについて、これまでにない実験精度で元素別の原子配列を実験的に探索することができました。さらに最新のデータ解析法を用いることにより、これまでよく見えなかった広い距離範囲にわたる原子の並び方の特徴にまで踏み込んだ研究を行うことができました。今後は他の金属ガラス系、例えばジルコニウム(Zr)を主金属とした金属ガラスを対象として、今回の合金から得られた原子配列情報と比較して、どこが異なり、どこに相似性があるのかを詳しく明らかにします。それを出発点として、元素を区別した原子配列情報とガラス形成能の関係を詳しく明らかにすることが今後の目標です。
 今回の研究は、よりガラス形成能が高い金属ガラスを探索するために、応用的に非常に大きな意義を持ちます。また、今回の研究で築くことができた国際共同研究ネットワークを、さらに深化させていきたいと考えています。


[用語解説]

(注1)金属ガラス
ある種の合金の液体を急速に冷却すると、液体のランダムな原子配列がそのまま凍結されてガラス状態を作り、金属ガラスになります。当初は、水冷した銅の回転ドラムに液体金属を吹き付けるなど、薄いリボン状のものしか作製できず、その応用範囲は限られていました。しかしながら、Pd40Cu40P20の登場により、液体金属を水に浸ける程度でバルク状の金属ガラスを作製でき、硬くて磨耗しない小さな金属部品を金属加工ではなく鋳造で作製できるなど応用が広がっていきました。ガラス形成能の良い金属ガラスを用いることにより、よりゆっくりと金属部品が作製できるようになり、より複雑な形状のものを作ることができるようになります。

(注2)X線異常散乱実験
通常のX線回折では、用いるX線のエネルギーを変えても全く新しい情報は得られません。ところがある構成元素に関係するX線の吸収端、すなわち最も強い引力で原子核と結びついている1s電子を外部に叩き出すエネルギーの近くに用いるX線のエネルギーを定めると、その元素からのX線の散乱が数%弱くなる異常(異常分散効果)があることが知られています。その結果、目標の元素にのみ限定された散乱情報のコントラストを得ることができます。これを利用した実験法をX線異常散乱と呼びます。

(注3)中性子回折実験
X線と同じように中性子を用いても、原子配列についての情報を得られます。この研究に中性子を用いた最も大きな理由は、X線とは散乱のメカニズムが異なり、P元素からの散乱の寄与が、他の元素と同じくらい大きいためです。X線は電子によって散乱されますので、電子の数が少ない(軽元素である)P元素の寄与は非常に小さいのですが、中性子はそれを補填してくれます。さらには、散乱の強さ、すなわち散乱断面積もX線とは異なりますので、元素別の原子配列の情報が増します。

(注4)逆モンテ・カルロ法
通常は実験データにフーリエ変換と呼ばれる数学的な解析を行って原子配列を求めますが、この手法では逆に原子配列をあるモデルとして立ててから実験データを再現しようとする「逆問題」の立場で解析を行います。原子の位置を少しずつ変化させ、実験データにより合うときは採用、合わないときも一定の割合で採用するという、メトロポリスのアルゴリズムを使って、モデル原子配列が実験データをより再現するまで繰り返しを行います。

(注5)ボロノイ解析
中心原子のまわりに隣の原子がどのように配置しているかを判定する手段です。具体的には、隣の原子との間の結合線の二等分面を全ての隣り合った原子との間に取れば、隣接原子数と同じ数だけの多角形の面を持つ多面体(ボロノイ多面体)を作ることができ、その内部をその原子の領分とすることができます。そのときの表面の多角形の数を3、4、5、6、7角形の順に書いたものをボロノイ指数と呼びます。例えば多くの金属の結晶構造は面心立方晶あるいは最密充填六方晶ですが、いずれも12個の4角形でできていますので(0 12 0 0 0)、先に述べた正20面体構造では12個の5角形でできていますので(0 0 12 0 0)と書くことができ、それによって隣接原子の配位と特徴を明らかにすることができます。

(注6)パーシステント・ホモロジー法
あるものの配置を抽出するトポロジー(位相幾何学あるいは形の科学)解析の一つです。例えば、図4左のように原子が配列していたとします。その半径の大きさを段々と大きくしていきますと、あるところで図3中のように右下に小さなリングが現れます。これを生成(誕生)と呼びます。さらに半径の大きさを大きくしますと、図4右のように右下の小さなリングが消滅(死亡)しますが、新たに大きなリングが生成されています。このとき、横軸に誕生した瞬間の半径の大きさ、縦軸に死亡した瞬間の半径の大きさをヒストグラム(パーシステント・ダイヤグラム)として図形化すると、より大きな距離範囲での原子の並び方に特徴が現れます。この手法は、ある元素が存在しない距離を数学的に導くことができますので、各元素の不均質性を判断する重要な指標となります。

図4:パーシステント・ホモロジー法の考え方。

図4:パーシステント・ホモロジー法の考え方。(左)元の原子配置。

(中)原子半径を大きくすると右下に小さなリングができる。(右)さらに原子半径を大きくすると小さなリングが消滅し、大きなリングができる。


【お問い合わせ先】
熊本大学産業ナノマテリアル研究所
担当:特任教授 細川伸也
電話:096-342-3806
e-mail:shhosokawa[at]kumamoto-u.ac.jp

(報道に関すること)
熊本大学総務部総務課広報戦略室
電話:096-342-3269
FAX:096-342-3110
e-mail:sos-koho[at]jimu.kumamoto-u.ac.jp

(共同利用共同研究に関すること)
東北大学金属材料研究所(研究協力係)
電話:022-215-2677
e-mail:imr-kenkyo[at]grp.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
電話:0791-57-2785
e-mail:kouhou@spring8.or.jp

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