スパースモデリングに基づく磁区パターンの位相回復アルゴリズムを開発 - シングルショット計測での活躍が期待 -(プレスリリース)
2022年2月1日
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人東京大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)や東京大学大学院新領域創成科学研究科らの研究チームは共同で、磁区構造に含まれるミクロな磁石の多くは隣り合った磁石と同じ強さで同じ方向を向いている、という性質をスパースモデリングによって取り入れた位相回復アルゴリズムを開発し、本手法がノイズや欠損を含むデータの解析に有効であることを明らかにしました。
磁区構造ではスピン磁気モーメントがそろった微小領域(ドメイン)が複数あり、様々な方向を向いています。それらは複雑な模様(磁区パターン)を示し、ハードディスクなどに用いられている強磁性材料全般で発現します。このような磁区パターンと磁性材料の性能の関係について近年議論されており、磁場などをかけた場合の磁区パターン変化の過程(ダイナミクス)を可視化することが、磁性材料性能向上のカギを握っている可能性があります。コヒーレントX線回折イメージング(CDI)はX線のシングルショットでナノメートルスケールの磁気構造を磁性元素ごとに可視化できるため、磁区のダイナミクス観測に適した手法です。ただし、CDIによって観測されたデータから磁区パターンの像を得るには位相回復法アルゴリズムなどによって位相情報を回復させる必要があります。シングルショット計測によるデータはノイズの影響が顕著で情報欠損も含まれるため、ノイズと欠損に耐性のある位相回復アルゴリズムが望まれていました。
本研究グループは、磁区パターン像の大部分の領域は変化が小さく、隣り合うドメイン同士の境目でのみ急激に変化するという性質に着目し、スパースモデリングを取り入れた位相回復アルゴリズムを開発しました。本手法を用いて、X線自由電子レーザーを入射光源としたシングルショット計測のシミュレーションを行い、ノイズと欠損の影響が大きいデータからでも迷路状の磁区パターンを再構成できることを示しました。さらに、磁区パターンが迷路状から別の模様に変化しても本手法により対応可能ということを明らかにしました。
今回開発した位相回復アルゴリズムを用いることにより、従来法では困難であったノイズや欠損を含むデータから磁区パターンの像を得ることが可能となります。実際のシングルショット計測に適用することで、磁気構造のダイナミクス研究を進展させると期待されます。
今回の研究成果は、JASRI横山優一博士研究員、水牧仁一朗コーディネータ、物質・材料研究機構山﨑裕一主幹研究員、東京大学大学院新領域創成科学研究科 岡田真人教授らのグループの共同研究によるもので、2022年2月1日に日本物理学会英文誌 「Journal of Physical Society of Japan」のオンライン版に掲載されました。
論文情報
題名:Phase Retrieval Algorithm based on Total Variation Regularization for Ferromagnetic Domain Patterns
日本語訳: 強磁性ドメインパターンのTV正則化位相回復アルゴリズム
著者:横山優一、山﨑裕一、岡田真人、水牧仁一朗
ジャーナル名: Journal of Physical Society of Japan
オンライン掲載日:2022年2月1日
DOI:10.7566/JPSJ.91.034701
1.研究の背景
磁区構造はスピン磁気モーメント(*1)が同じ方向を向いた微小領域(ドメイン)を形成した磁気構造であり、ハードディスクなどに用いられている強磁性材料全般で発現します。このような磁区構造のパターンと磁性材料の性能の関係について近年議論されており、磁区パターンとそのダイナミクスを可視化することが磁性材料性能向上のカギを握っている可能性があります。ただし、磁区パターンのダイナミクスは多くの場合不可逆的なので、繰り返し計測ではなくシングルショット計測により可視化する必要があります。コヒーレントX線回折イメージング(CDI)(*2)はX線のシングルショットでナノメートルスケールの磁気構造を元素選択的に可視化できるため、磁区のダイナミクス観測に適した手法です。CDIで得られるのは逆空間の回折図形(*3)であり、位相情報が計測によって失われているため、実空間の磁区パターン像を再構成するには位相回復法アルゴリズム(*4)などによって位相情報を回復させる必要があります。HIO(hybrid-input-output)法など従来型の位相回復アルゴリズムがよく用いられていますが、ノイズや情報欠損を含む回折図形に直接適用しても実空間像を再構成することは困難です。シングルショット計測ではノイズの影響が顕著になり、回折図形には欠損も含まれるため、ノイズと欠損に耐性のある位相回復アルゴリズムが望まれていました。
2.研究内容と成果
本研究グループは、磁区パターン像の大部分の領域は滑らかで変化が小さいという性質に着目し、スパースモデリング(*5)を位相回復アルゴリズムに取り入れました。磁区パターンは複数のドメインとドメイン境界で構成されており、ドメインの領域が大部分を占め、ドメイン境界はまばらに存在しています。ドメイン内部では磁気モーメントの変化は小さく、まばらに存在するドメイン境界でのみ急激に変化します。このような性質を事前に分かっている情報とし、TV正則化(*6)によって位相回復アルゴリズムに組み込みました。本手法を用いて、X線自由電子レーザー(*7)を入射光源に想定したシングルショット計測のシミュレーションを行い、試料を透過して検出器に到達するシングルショットのフォトン数が数億個でポアソンノイズとダイレクトビームストッパーによる情報欠損を含む回折図形からでも迷路状磁区パターンを再構成できることを示しました(図)。さらに、磁区パターンが迷路状から島状まで変化しても本手法により対応可能ということを明らかにしました。
3.今後の展開
今回開発した位相回復アルゴリズムを用いることにより、従来法では困難であったノイズや欠損を含む回折図形から実空間像を再構成することが可能となります。実際のシングルショット計測で得られた回折図形からも磁区パターン情報の抽出が可能になり、磁気構造のダイナミクス研究を進展させると期待されます。将来的には、開発したアルゴリズムを大型放射光施設SPring-8(*8)の共用ビームラインに導入し、ユーザーの方々の解析に役立てたいと考えています。
ここで紹介した研究は、科研費・若手研究と科研費・基盤研究(B)およびJST戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ 情報計測)の助成を受けて行われました。
図: 迷路状磁区パターンのシングルショット計測を想定した位相回復シミュレーション。
用語解説
1.スピン磁気モーメント
一定の速度で自転(スピン)している電子は1個の磁石として働く。この磁気の大きさがスピン磁気モーメントになる。
2.コヒーレントX線回折イメージング
コヒーレントなX線を試料に照射し、遠方で観測されるフラウンホーファー回折を二次元検出器で観測する手法である。通常、試料の電子密度分布の観測に用いられるが、磁気円二色性を利用することで磁気構造の観測を行うこともできる。
3.回折図形
ここでは、コヒーレントX線回折イメージングによって二次元検出器で観測された回折パターンのことを回折図形と呼ぶ。
4.位相回復アルゴリズム
フーリエ変換を繰り返しながら位相情報を回復させる反復的アルゴリズムである。コヒーレントX線回折イメージングにおいて実空間像を再構成するために用いられる。最急降下法やそれを改良したhybrid-input-output(HIO)法などが知られている。
5.スパースモデリング
スパースとはまばらであることを意味する。スパースな性質を利用して少ない情報から全体像を復元しようとする科学的モデリング手法をスパースモデリングと呼ぶ。
6.TV正則化
Total variation正則化の略である。再構成したい画像が滑らかであると事前に分かっているとき、スパースモデリングでよく用いられる。
7.X線自由電子レーザー
X線領域の自由電子レーザーである。高いコヒーレンスと短いパルス幅および大きなピーク輝度を持つ。日本のSACLAやアメリカのLCLSなどがある。
8.大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来しています。SPring-8では、放射光と呼ばれる非常に強い光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
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