プラスチック部品の溶剤ストレスクレージングの機構解明 No.058

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プラスチック部品の溶剤ストレスクレージングの機構解明 No.058

プラスチック部品の溶剤ストレスクレージングの機構解明

成果のポイント

  • 溶剤ストレスクレージングが発生したプラスチック部品の構造変化とプラスチック内部での薬剤分子の凝集状態を解明
  • 溶剤ストレスクレージングの起きにくい部品形状や製造条件に適用し、家電製品などで使われるプラスチック部品の高信頼性化に貢献

研究・開発機関:三菱電機株式会社、奈良女子大学

SPring-8の活用

背景
 プラスチック部品の劣化の一つの仕組みに「溶剤ストレスクレージング(Solvent Stress Crazing:以下 SSC)」という現象があります。これは、薬剤に触れたプラスチックに力が加わると、通常では壊れないような小さな力や変形でも、表面に小さなひびや大きな亀裂ができる現象です(図1)。
 具体的には、プラスチックに外部から力がかかる部分(例えばネジ止め部)や、製造時の残留応力が残った部分に薬剤が接すると、薬剤がプラスチックの中に浸透していきます。プラスチックは長い紐状の分子鎖が絡まりあった構造をしており、薬剤が浸透すると、分子鎖が絡まり合う力が弱まり、分子鎖がほどける現象が生じます(図2)。その結果、目に見えない小さなひび(クラック)ができたり、これらのひびが合体して目に見える大きな亀裂につながることがあります。このように、薬剤の影響でプラスチックの構造が変わり、ひび亀裂ができると考えられていますが、微細構造変化についての詳しい研究はあまり行われていません。
 プラスチック部品は、エアコンや空気清浄機、掃除機、照明器具、テレビ等の筐体や冷蔵庫の内側部品など、身の回りの家電製品で非常に多く使われています。一方で、昨今の新感染症蔓延や衛生意識の向上に伴ってお手入れの際に多様な洗剤と接触する機会が増えており、洗剤に含まれる成分がプラスチックにSSCを引き起こす可能性も大きくなっています。従って、SSCのメカニズムを解明することは、プラスチック部品の設計や製造条件を考える上で重要です。


図1 溶剤ストレスクレージングによってプラスチック部品表面に発生した亀裂


図2 溶剤ストレスクレージングの推定メカニズム

 

成果の詳細
 今回の研究では、界面活性剤(洗剤の主成分)として代表的な「ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」を用いて、洗剤・プラスチック内部を模した溶液中におけるSDS単体の凝集構造評価と、SDSによってSSCが発生したプラスチック(耐衝撃性ポリスチレン:PS-HI)とその内部に浸透したSDSの凝集構造評価を、SPring-8において小角X線散乱(SAXS)測定を用いて行いました(図3)。PS-HIは耐衝撃性と剛性に優れ、電気・電子機器の筐体によく使われる材料です。SAXSは、プラスチックの構造や溶液中の薬剤分子の凝集状態を調べるのに有用な手法ですが、これら有機材料からのX線の散乱は弱く、その観察には難がありました。強力で平行性の高い放射光の利用がその難点を克服し、本手法の活用が本格化したものです。
 SDS単体の凝集構造評価の結果、SDSは洗剤を模擬した水溶液中ではミセルやヘキサゴナル液晶を、プラスチック内部を模擬したトルエン溶液中ではラメラ液晶を、それぞれ形成することを明らかにしました(図4)。
 またSDSによってSSCが発生したプラスチックのSAXS測定を行ったところ、SDSミセルとSDSラメラ液晶の両方の凝集構造に由来する散乱が得られました。SDSだけでなくプラスチックの状態も解析したところ、SDS分子がプラスチック内部に浸透してラメラ液晶を形成するとともにプラスチックにクラックを発生させ、発生したクラック内部にミセルを形成したSDS水溶液が侵入したことが示唆されました。
 これらの結果から、SSCによる薬剤とプラスチックの構造変化の解析にSAXS解析が有効であることを確認するとともに、メカニズム解明に向けた新たな知見が得られました。SAXSは構造変化中のリアルタイム測定も得意とするため、SSC過程におけるより詳細な構造変化の解明が期待されます。


図3 SSC試験およびSAXS測定の概略図とSSC発生試験片の階層構造の模式図


ミセル         ヘキサゴナル液晶                          ラメラ液晶
図4 ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の凝集構造模式図

 


 

結果

結果① SDS溶液のSAXS測定結果

 図5にSDSの水溶液およびトルエン溶液の散乱曲線を示します。この結果より10~1000 mM水溶液中ではSDSはミセル(q = 1~2 nm−1のブロードな散乱)、1500 mM水溶液中ではヘキサゴナル液晶(q = 1.35、2.33、2.69、3.56 nm−1)となる散乱ピーク)、5 mMトルエン溶液中ではラメラ液晶(q 1.61、3.23、4.85 nm−1となる散乱ピーク)を形成することが分かりました。


    10~1500 mM水溶液                5 mMトルエン溶液

図5 SDS溶液の散乱曲線

結果② SDSによってSSCが発生したプラスチックのSAXS測定結果1

 結果①より、SSCが発生したプラスチックにSDSが浸透していれば、SAXS測定でラメラ液晶が観測されることが期待されます。図6に、SDSによってSSCが発生したプラスチックのSAXS散乱像と散乱曲線を示します。この結果より、プラスチック内部にラメラ液晶(q = 1.65、3.29、4.94 nm−1となる散乱ピーク)が形成されており、SDSが浸透したことが分かりました。一方で、プラスチック内部は疎水性であるにも関わらず、親水性環境で形成するSDSミセル(q = 1~2 nm−1のブロードな散乱)もプラスチック内部に存在することが分かりました。また、ミセルに由来する散乱像は異方的に観察され、ミセルがプラスチック内部で一方向に並んでいることが分かりました。


図6 SSC発生試験片の散乱像(左)および散乱曲線(q = 1~6 nm-1)(右)

結果③ SDSによってSSCが発生した樹脂のSAXS測定結果2

 結果②の結果を理解するために、プラスチックの構造についても詳しく調べました。図7に、より低q側のSAXS散乱像と散乱曲線を示します。この結果より、プラスチックには図3の模式図に示すようなクラック(図7散乱像中央部の左右方向のストリーク散乱)が発生したことが分かりました。またクラックの向きとSDSミセルの並んだ方向が一致することから、クラックの中にSDS水溶液が侵入していることが示唆されました。


図7 SSC発生試験片の散乱像(左)および散乱曲線(q = 0.1~4 nm-1)(右)

【略語一覧】

※1 SSC:溶剤ストレスクレージング(Solvent Stress Crazing)

※2 SDS:ドデシル硫酸ナトリウム(Sodium Dodecyl Sulfate)

※3 SAXS:小角X線散乱(Small Angle X-ray Scattering)


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL16XU、BL19B2、BL40B2
  • 関連発表等:SPring-8/SACLA利用研究成果集, 11(2), 161(2023)、 13(4), 255(2025)
  • 掲載日:2025年11月4日

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