次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の正極劣化状態の解析No.055

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次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の正極劣化状態の解析No.055

次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の正極劣化状態の解析

成果のポイント

  • リチウムイオン電池正極材の高機能化を阻害するメカニズムを解明
  • 測定条件の工夫により、不可能であった正極材の表面変質層下部の測定を可能に
  • 劣化メカニズムの明確化で製品の信頼性を向上。カーボンニュートラル貢献に期待

研究・開発機関:マツダ株式会社・兵庫県立大学

SPring-8の活用

背景
 カーボンニュートラル社会に向けて、グローバルに自動車の電動化が加速しています。電気自動車などの電動車においては、電池容量切れによる不安を無くすため、一回の充電での航続距離と充電性能を向上するような、リチウムイオン電池(LIB)の高エネルギー密度化や瞬発力や急速充電を可能にするための高入出力化が必要です。そのような性能向上の一つとして、LIBを構成する正極材料のニッケル(Ni)含有量を高め、初期のリチウム(Li)放出割合を多くする方法がありますが、高いニッケル含有量では充放電に伴うLiの吸放出により正極材の結晶構造が不安定になるため、劣化が顕著になり、10万km以上の積算走行距離において数百回以上の充放電が行われる電動車への搭載は困難となっていました。それら劣化を抑制するためには、充放電特有の劣化の進行に伴う正極材の構造変化を詳細に調べることが必要です。従来の研究では、劣化は正極材粒子の表面における結晶構造の変化に起因することがわかっていましたが、LIBを構成する電解液の成分が正極材粒子表面で反応して新たな表面変質層を形成して覆い隠すため、「表面からどの程度の深さまで」、「どのような変化」をしているかが曖昧となっていました。

成果の詳細
 材料の表面を調べる方法としてX線光電子分光法(X-Ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)*が一般的ですが、特に、SPring-8の硬X線を用いて表面から数十nmまでの内部を分析できる、硬X線光電子分光法(Hard X-Ray Photoelectron Spectroscopy:HAXPES)が前述の正極材粒子の詳細な構造変化の検出に有効です。しかしながら、表面変質層が形成された正極材粒子では変質層の導電性低下に伴うチャージアップ**と呼ばれる障害が発生し、微量な成分の検出を阻害していました。そこで、チャージアップによる測定の障害を取り除くため、HAXPES測定中に測定試料から放出される電子が周囲のガス分子に散乱されることで、測定試料周囲の電場変動を緩和してチャージアップを抑制する現象を利用した測定法を構築しました。それを早期の搭載が期待されている正極材に適用したところ、充放電回数が増えると表面変質層直下に高酸化状態のニッケル原子を含んだ結晶が形成されて劣化傾向が大きくなることがわかりました。また、それを指標とすることで、電池の劣化の進行を正極板ごとに判定できるようになりました。劣化の詳細な様相や進行の指標化は、劣化を抑制した高性能電池の実現だけでなく、電動車の電気をもっと上手く使う制御方法の指針となるため、カーボンニュートラル社会の実現に貢献しながら、マツダ株式会社の掲げる「いきいきとする体験をお届けする」商品づくりに反映しています。


結果

LIBの構成と正極材

 電動車にはリチウムイオン電池が電池パックのような状態で搭載されており、その内部で正極板と負極板がセパレータを介して多層の電池組を形成している。正極材は数~十μm径の粒子として板を構成している。

図1

HAXPESによる正極活物質の劣化の検出

 正極材粒子の表面には電解液との反応による変質層が形成されており、HAXPESでしか劣化状態を検出できない

図2

HAXPES測定におけるチャージアップの緩和法

 チャージアップによりスペクトルが歪む現象が起きるため、先行研究成果[1]を活用し、光電子をチャンバー内に導入したガス分子で散乱させて低エネルギー二次電子を発生させることにより、試料表面の電荷を中和し、真のピークを得ることができるようになった。チャージアップが顕著なスライドグラス(主成分:SiO2)におけるSi 1s領域HAXPES測定において、測定チャンバーへの不活性ガスの導入圧力に依存した電荷の中和効果を確認している。

[1] S. Suzuki, K. Takenaka, Koji Takahara, H. Sumida, Effects of sample-aperture cone distance on the environmental charge compensation in near-ambient pressure hard X-ray photoemission spectroscopy, J. Electron. Spectrosc. Relat. Phenom. 257 (2022), 147192, https://doi.org/10.1016/j.elspec.2022.147192.

図3

充放電劣化後のHAXPESスペクトル解析によるメカニズム解明

 Ni 2p3/2領域のHAXPESスペクトルから、先行研究の結果[2][3][4]を基に、ベイズ推定によるピーク形状解析でピークパラメータを推定することで、正極材結晶構造に起因するニッケルの状態比率を抽出することができた。それらを充放電回数に応じた試料に適用することで、劣化の進行に伴い増加するニッケルの状態が高酸化状態(Ni3+’)であることを特定できた。さらに、これらの結果を基にすることで、劣化メカニズムを特定できた。

[2]永見 哲夫, 野本 豊和, 杉山 陽栄, 立木 翔治, 坂本 廉, 太田 俊明, リチウムイオン電池正極材料Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2の劣化解析, Electrochemistry, 2021, 89 巻, 4 号, p. 363-369, https://doi.org/10.5796/electrochemistry.21-00031
[3] Hong Sun and Kejie Zhao, Electronic Structure and Comparative Properties of LiNixMnyCozO2 Cathode Materials, The Journal of Physical Chemistry C 2017 121 (11), 6002-6010, DOI: 10.1021/acs.jpcc.7b00810
[4] Satoshi HASHIGAMI, Kei YOSHIMI, Yukihiro KATO, Hiroyuki YOSHIDA, Toru INAGAKI, Masamoto TATEMATSU, Hiroshi DEGUCHI, Michihiro HASHINOKUCHI, Takayuki DOI, Minoru INABA, Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy Analysis of Surface Chemistry of Spray Pyrolyzed LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2 Positive Electrode Coated with Lithium Boron Oxide, Electrochemistry, 2019, Volume 87, Issue 6, Pages 357-364, https://doi.org/10.5796/electrochemistry.19-00022

図4

本成果に関連する事業

 この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP21026)の結果得られたものです。


【用語解説】

*X線光電子分光法(XPS)
試料にX線を照射したときに放出される光電子のエネルギーを測定し、試料表面の化学組成や化学状態を分析する手法。照射するX線のエネルギーによって、分析できる深さが異なる。実験室ではAl-Kα線(1486.6 eV)等の軟X線が使われているのに対し、SPring-8の放射光では8 keVという高輝度高エネルギーの硬X線を使えるため、より表面から深い領域を分析できる。この硬X線を用いる光電子分光法は、特に硬X線光電子分光法(HAXPES)と呼ばれている。

**チャージアップ(帯電)
物質表面で電子が取り込まれたり放出されたりする際に生じる電荷の不均衡を指します。XPSでは、物質にX線を照射して光電子を励起し、その光電子のエネルギー分布を測定します。しかし、物質表面での電子の取り込みや放出により、表面に電荷が蓄積されると、測定されるエネルギー分布に変化が生じ、正確な分析が難しくなります。


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL24XU
  • 掲載日:2024年3月13日

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