毛髪に対する紫外線ダメージの新たな側面を解明 No.053
毛髪に対する紫外線ダメージの新たな側面を解明
成果のポイント
- 紫外線と外力の複合的な影響で、毛髪形状にうねりが発生するメカニズムを解明
- マイクロビームX線により毛髪一本のうねりの外側と内側を分けて測定し、支配的なタンパク質の構造変化を推定
- うねり予防の重要性を考慮し、髪にも使えるミスト状の日焼け止めを開発。髪の紫外線ケア意識の向上に貢献
研究・開発機関:花王株式会社
SPring-8の活用
背景
毛髪一本一本の形状が不規則にゆがんだ「うねり」は、毛流れ*を乱して髪全体の印象を損なうだけでなく、ぱさつきといった感触にも影響するなど、様々な髪悩みの根源の一つになっています。うねりの原因としては、ヘアカラーやパーマなどの化学処理、ヘアアイロンやドライヤーによる熱、洗髪やブラッシング等のダメージが毛先に向けて蓄積していくことが挙げられますが、従来とは異なる視点で頭髪の実態を観察していくと、必ずしもダメージが蓄積する毛先のみにうねりが発生する訳ではなく、むしろ、髪をめくりあげた内側に比べて「頭髪表層」にうねりが顕著であることを見出しました。そこで、頭髪表層におけるうねり発生の本質的なメカニズムを解明することができれば、改善または予防するための革新的な製品開発に繋がると考え、研究に着手しました。
日常生活における外出時の太陽光曝露や就寝時の枕との接触などに着目し、頭髪の内側よりも表層に特に影響する因子として「紫外線」や「外力/ひずみ」の影響を評価したところ、紫外線や外力の各単独の影響では毛髪形状に有意な変化みられず、紫外線と外力の影響が複合化した場合に顕著にうねりが発生することを見出しました。これまでに、毛髪に対する紫外線の影響については多数研究され、毛髪を構成するタンパク質や脂質などが様々なダメージを受けることがわかっています。一方で、外力等のその他要因と複合化した場合の影響についてはよくわかっていませんでした。
成果の詳細
うねり発生のメカニズムを解明するためには、紫外線と外力の各要因の影響を詳細に調べる必要があります。そこで、ラボにおける分光スペクトル測定**(ラマン分光***など)や大型放射光施設SPring-8を活用したX線散乱測定を実施して、各要因が毛髪に与える影響を解析しました。その結果、毛髪タンパク質におけるαケラチンが集合したユニット同士の分子間やケラチン付随タンパク質KAP(マトリックス)との分子間などに存在するジスルフィド(SS)結合****が紫外線の影響により切断された後に、外力によりタンパク質の構造の一部がひずんだ状態で再結合するというパーマに似たメカニズムで髪の“うねり”が発生することを明らかにしました。毛髪を構成するタンパク質は、非常に複雑な階層構造をとっていますが、SPring-8を活用することで、タンパク質のどこが/どのようにひずむのかを精緻に調べることが可能となり、分子レベルでのメカニズムを解明することができました。
製品開発においては、うねりを予防する重要性を考慮し、髪にも使いやすいミスト状の日焼け止めを開発・全国発売し、うねり予防のためには髪の紫外線ケアが重要であるという科学的知見に基づいた訴求を展開することで、生活者のケア意識の向上や髪の紫外線ケア製品の市場の活性化に貢献しました。
結果
マイクロビームX線散乱測定
毛髪のようなケラチン繊維の外力による変形過程についての従来の研究では、当初、繊維産業上の重要性から羊毛繊維の伸長時の変化を調べたものが多く、その後、毛髪の伸長セットも対象として研究されてきた。主な実験条件としては、繊維を直線的に最大数十%と大きく伸長した場合の変化について放射光X線を使って構造解析が実施されている[1,2]。一方、今回対象とした毛髪のうねりについて考えると、うねり発生時に毛髪は曲がった形状に変化する。この時の変形量は毛髪の太さと曲率半径から計算でき、強いうねりが発生した場合でもせいぜい数%程度である。つまり、うねりの発生は「微小な曲げ変形」と捉えられ、うねりの外側と内側では異なる方向に力がかかるため、結果として変形量に内外の「偏差」が生じることになる。したがって、うねりの発生に特徴的な変化を調べるためには、うねりの外側と内側を分けて測定する必要がある。そこで、SPring-8のBL24XUを利用して放射光X線を集光したマイクロビーム*****を毛髪に照射し、照射位置を細かく変えながらX線散乱測定を実施した。
うねり発生時の毛髪タンパク質構造変化
小角散乱測定で得られた二次元像において、力がかかる毛髪の軸に対応する子午線方向に着目した。子午線方向にみられる鋭い弓状の散乱(~6.7 nm)は、毛髪を構成するミクロフィブリル******(周期長46.9 nmのαケラチンダイマーから成るプロトフィブリル7~8本が軸方向にずれながら集合化したもの)の周期構造の7次回折ピークに相当し、フィブリルの軸方向のずれを反映する[3]。子午線方向に積分したプロファイルのピーク位置からフィブリルのずれを決定し、照射位置に対してプロットした。その結果、うねりの外側および内側にかかる力に対応して、顕著に変化していることがわかった。また、別途実施した広角散乱測定からは、ミクロフィブリルを構成するαケラチン*******の構造(らせんピッチ~0.51 nm)の変化は比較的小さいこともわかった。以上、SPring-8を活用したX線散乱測定を通じて、うねり発生時には、剛直ならせんの二次構造は変化しにくく、フィブリル同士の間でずれるという支配的なタンパク質のミクロな構造変化を推定することができた。
うねり発生メカニズムの模式図
毛髪を構成するタンパク質にはジスルフィド(SS)結合が多数含まれており、紫外線の影響で結合が切断されることは既に知られていた[4]。今回、紫外線および外力の各影響を調べるにあたり、紫外線照射後の経時過程を詳細に解析したところ、切断された結合の一部が時間をかけて再結合することがわかった。さらに、再結合時に外力がかかると、タンパク質の特にミクロフィブリルの構造がずれてひずんだ状態で再結合が進行し、これによりうねりの発生に繋がることが推察された。このようなSS結合の切断・再結合に起因する毛髪形状の変化は、美容室で施術するパーマの機序に似ており、頭髪表層では、紫外線や外力によるひずみの影響を受け易く、意図せずパーマに類似した機序で不規則な形状に固定され、うねりが発生していることが示唆された。
髪にも使いやすい日焼け止めの開発
メカニズムを詳細に理解したことで、うねりが一旦発生するとパーマのように簡単には元に戻すことができないと考えられ、事後的なケアの限界が示唆された。そこで、製品開発においては予防の重要性を考慮し、予防意識が生活者に十分に定着した肌用の日焼け止めを改良して、髪にも使いやすいミスト状の日焼け止め(Biore UVアクアリッチアクアプロテクトミスト、通称:瞬感ミストUV)を開発した。これを使用すると紫外線吸収成分が髪に均一に密着し、うねりを効果的に予防することができる。
参考文献
[1] https://annex.jsap.or.jp/photonics/kogaku/public/39-11-gijutsu2.pdf(佐野ら, 光学, 39巻, 11号, 550-552(2010))
[2] L. Kreplak et al. Biophysical Journal, 82(4), 2265–2274(2002)
[3] 新井幸三(2014), ケラチン繊維の力学的性質を制御する階層構造の科学, 繊維応用技術協会, p138
[4] Pande C. M., J. Soc. Cosmet. Chem., 45, 257-268(1994)
【用語解説】
*毛流れ:
毛髪が束としてまとまった状態における髪一本一本の整列状態またはその均一さの程度
**分光スペクトル測定:
光を物質に当て、その反射・吸収・散乱などの性質から物質の種類や構造、化学反応などを調べる方法
***ラマン分光:
物質にレーザー光を当てて得られる散乱光を分析することで、物質の分子構造や結合状態などを調べる分析技術
****ジスルフィド(SS)結合:
システインというアミノ酸の側鎖に含まれる硫黄原子同士が結合したもので、タンパク質の構造を支える結合の一つ
*****マイクロビーム:
微小な領域に光を集中して照射することのできる直径が数マイクロメートル以下の細い光線
******ミクロフィブリル:
毛髪内部の組織を構成するらせん状のタンパク質が集合化した微小な繊維状の構造物
*******αケラチン:
毛髪を構成する主成分の1つであり、らせん状の構造を持ったタンパク質
【関連情報】
- 関連ビームライン:BL24XU
- 関連発表等:第21回ひょうごSPring-8賞
- 掲載日:2023年12月14日




