次世代のパワー半導体β型酸化ガリウムの結晶欠陥イメージング技術の開発 ~非破壊手法で欠陥を全数検出、結晶とパワーデバイスの高品質化を加速~ No.051

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次世代のパワー半導体β型酸化ガリウムの結晶欠陥イメージング技術の開発 ~非破壊手法で欠陥を全数検出、結晶とパワーデバイスの高品質化を加速~ No.051

次世代のパワー半導体β型酸化ガリウムの結晶欠陥イメージング技術の開発
~非破壊手法で欠陥を全数検出、結晶とパワーデバイスの高品質化を加速~

成果のポイント

  • β型酸化ガリウム単結晶基板に含まれる格子欠陥の全数可視化に成功
  • 欠陥周囲の原子配列のズレを表すバーガースベクトルを同定
  • 基板全体の欠陥分布と欠陥種類を把握することにより、結晶高品質化とデバイス信頼性向上に貢献

研究・開発機関:一般財団法人 ファインセラミックスセンター

SPring-8の活用

背景
 広いバンドギャップと高い絶縁破壊電界強度を併せ持つβ型酸化ガリウム(以下、β-Ga2O3)は、次世代の高耐圧かつ省エネの電力変換・制御用半導体材料として、電力基幹システムや鉄道、自動車等様々な分野で期待されています。しかし、β-Ga2O3の結晶成長技術は発展途上で市販結晶には格子欠陥(注1)が含まれるので、電子デバイスの性能と信頼性が材料の理論値より低下します。β-Ga2O3結晶の欠陥を低減するためには、欠陥分布情報を精確に知った上で成長条件を最適化することが必要不可欠であり、大面積にわたる欠陥を非破壊で検出・分類する手法の確立が重要な課題となっています。
 β-Ga2O3の欠陥分布を評価するために、様々な手法が検討されてきましたが、非破壊で大面積の結晶に適用可能な手法はX線トポグラフィ観察法(注2)が有効とされています。X線トポグラフィ観察法は、欠陥周囲に生じた結晶面のわずかな乱れによるX線回折条件の変化を利用し、X線回折強度の分布画像から格子欠陥を検出する方法です。しかし、β-Ga2O3には原子番号の大きいGaが含まれるので、X線の吸収が強く、結晶の内部へ深く侵入できません。従来のX線トポグラフィ観察法では、結晶の最表面から深さ0.02 mmまでの欠陥しか観察できないため、0.1 mmを越える厚い基板材料の結晶内部では格子欠陥がどのように分布するのかわかりませんでした。

成果の詳細
 これら課題を解決するために、本研究では、SPring-8の高輝度・高平行性の放射光光源を活用し、X線トポグラフィを基にしたβ-Ga2O3欠陥の新たな観察法の開発に取り組みました。本来X線に対して不透明な厚いβ-Ga2O3結晶の回折条件を精密に制御し、動力学X線回折現象の一つである「異常透過現象(注3)を発生させることで、0.68 mm厚の基板にX線を透過させて(レントゲン撮影で人間の体を検査するように)、大面積のβ-Ga2O3結晶内部における様々な格子欠陥を短い測定時間且つ非破壊で全数可視化することに世界で初めて成功しました。更に、画像取得に用いる回折条件と格子欠陥周囲原子配列のズレとの相対関係によって、欠陥のコントラストが変わるといった現象を利用し、複数の回折条件で同一場所の欠陥のコントラストを解析することで、欠陥の種類を判別することができました。
 この技術を利用することで、結晶内の欠陥の空間分布や欠陥の種類に関する情報を精確に把握できるので、結晶成長条件の最適化に的確なフィードバックを提供することが可能です。β-Ga2O3パワーデバイスの普及に向けて、結晶の高品質化の一層の加速が期待されます。


結果

測定原理―X線の異常透過

図1
図1 入射波と回折波の干渉によって発生する定在波と原子面の位置関係。

 X線の異常透過現象は、1940年代ドイツの物理学者G. Borrmann博士[1]によって発見され、高い完全性を持つ厚い結晶でしか起こらないX線の回折現象です。このような特徴をもつ結晶にブラッグの法則(注4)を精密に満たすようなX線が入射すると、結晶内部では入射X線に対応する「入射波」と原子面によって反射される「回折波」の2つのX線の波が生じます。この2つの波が互いに干渉して重なり合う結果、波形が進行せずその場に止まって振動しているようにみえる「定在波」が生まれます。図1に示すように、原子面間隔と同じ周期を持つ定在波は、その腹あるいは節が必ず原子面の位置と一致し、物質のX線に対する吸収は、X線と原子の相互作用によって生じるので、原子面を腹とする定在波は、急速に吸収されます(異常吸収)。一方、原子面を節とする定在波が発生している状態では、X線の吸収が急激に減少するため、透過するX線(以下、透過波)の強度が著しく増大します(異常透過)。その結果、本来X線に対して不透明な厚い結晶が、あたかもX線と相互作用をしない透明な物質であるかのように観察できます。

β-Ga2O3におけるX線異常透過の発生

図2
図2 透過波と回折波の強度を蛍光板で観測し異常透過発生の有無を判定する実験の模式図と観測結果[2]

(a) 透過波と回折波の強度を蛍光板で観測し異常透過発生の有無を判定する実験の模式図。
(b) 異常透過が発生しない状態の写真。
(c) 透過波と回折波の極めて強い2つのスポットが観測された異常透過が発生する状態の写真。
 X線を入射し、異常透過が発生していない状態、即ち、通常の強いX線吸収が起こる状態では、透過波は極めて弱くなります(図2(b))。一方、異常透過が発生している状態では、透過波と回折波の2つの極めて強いスポットが現れます(図2(c))。図2(c)の状態で蛍光板を退避させ、カメラで透過波の強度分布を撮影すれば、X線照射領域内の欠陥分布が得られ、また結晶を走査すれば、基板全面の欠陥像を得ることができます。

異常透過X線トポグラフィで撮影したβ-Ga2O3基板の結晶欠陥

図3
図3 β-Ga2O3基板の異常透過X線トポグラフィ像。
格子欠陥が縦線または曲線状の暗線として検出される。
10 mm×15 mm×厚さ0.68 mm (001)面基板。
撮影条件:波長0.124 nm、回折ベクトルg = 020、ビームラインBL24XU

 測定結果より、格子欠陥のように原子が理想的な位置からずれて、ブラッグの法則を満たさない領域があると、そこでは異常透過が起こらなくなり、局所的に透過波の強度が低下します[3]。従って、結晶全体として異常透過を発生させた状態で透過波の強度分布を観測すれば、X線の弱いところに格子欠陥があると判断でき、図3の拡大図に見られるように格子欠陥が縦線や曲線状の暗線として検出されます。

複数の回折条件の利用による欠陥種類の判別

図4
図4 複数の回折条件で撮影した同一場所のX線トポグラフィ像。
図中の020、022と400は回折条件を示す結晶方位の指数。
中実と中空の矢印マークはそれぞれ欠陥が強いコントラストと弱いコントラストとして検出される箇所を示す。

 結晶に含まれるすべての種類の格子欠陥を満遍なく減らす方法より、悪影響の大きい欠陥を優先的に無くす方法がデバイスの性能向上には効率的で、そのため結晶内部の欠陥評価は、欠陥の空間分布だけでは不十分で、欠陥の種類を識別することも重要です。X線トポグラフィ観察法では、画像取得に用いる回折条件と格子欠陥の種類との相対関係によって、欠陥のコントラストが変わります。この現象を利用し、複数の回折条件で同一場所の欠陥のコントラストを解析すれば、欠陥の種類(バーガースベクトルで表す欠陥周囲の原子配列のズレ)を把握することが可能です。図4より、1番の矢印で示す欠陥(縦方向の暗線)は全ての画像において観察されるのに対し、4番の矢印で示す欠陥(横方向の曲暗線)および2、3、5番の矢印で示す欠陥(縦方向の暗線)は、ある回折条件で現れてほかの回折条件で消えることがわかります。このような観察結果をもとに、それぞれの暗線がどのような種類の欠陥と対応するのか解析することができます。本実験に用いたedge-defined film-fed growth法(EFG法)で育成された結晶においては、成長方向と平行に伸びた、原子ズレの方向が異なる2種類の直線状の欠陥(縦方向の暗線)、および結晶表面と平行な面に存在し、成長方向の原子ズレをもつ曲線状の欠陥が主な欠陥種類であることがわかりました。

今後の展開

 本実験の結果から、異常透過を利用したX線トポグラフィ観察法は厚い結晶の内部に存在する欠陥の検出と分類に有効であることが明らかになりました。本手法で得られる高精度の欠陥情報を結晶開発企業側にフィードバックすることで、結晶高品質化の一層の加速が期待できます。また、単結晶作製にとどまることなく、本手法をデバイスの評価[4]にも展開する予定です。特に、非破壊かつ高速応答といったX線回折の特徴を生かし、動作中のデバイスにおける欠陥の挙動をリアルタイムで観察する方法の開発に取り組み、結晶開発に役立てるとともに、欠陥のデバイスに及ぼす影響とその機構を解明することで、β-Ga2O3パワーデバイスの高性能と高信頼性の同時実現に貢献します。
 


【参考文献】

[1] G. Borrmann, Z. Phys. 127 (1950) 297.

[2] Y. Yao, Y. Tsusaka, K. Sasaki, A. Kuramata, Y. Sugawara, and Y. Ishikawa, Large-area total-thickness imaging and Burgers vector analysis of dislocations in β-Ga2O3 using bright-field x-ray topography based on anomalous transmission, Appl. Phys. Lett. 121 (2022) 012105.

[3] Y. Yao, K. Hirano, Y. Sugawara, K. Sasaki, A. Kuramata, and Y. Ishikawa, Observation of dislocations in thick β-Ga2O3 single-crystal substrates using Borrmann effect synchrotron x-ray topography, APL Mater. 10 (2022) 051101.

[4] Y. Yao, D. Wakimoto, H. Miyamoto, K. Sasaki, A. Kuramata, K. Hirano, Y. Sugawara, and Y. Ishikawa, Scr. Mater. 226 (2023) 115216.


【用語解説】

(注1)格子欠陥
本来、理論上では原子が規則正しく配列するはずの結晶にある、原子配列が乱れて空間的な繰り返しパターンに従わない部分。格子欠陥が含まれるとパワーデバイスの性能と信頼性が低下する。

(注2)X線トポグラフィ観察法
X線回折を利用して、結晶内の欠陥や結晶面湾曲などを2次元マッピング画像として撮影・観察する方法

(注3)異常透過現象
本来X線に対して不透明な厚い結晶に、ブラッグの法則を精密に満たすX線が入射すると、前者があたかもX線と相互作用をしない透明な物質かのようになる現象

(注4)ブラックの法則
周期的な原子配列を持つ結晶に入射するX線の波長と入射角がある決まった条件を満たすと、強いX線の反射(X線回折)が起こるという物理法則


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL24XU
  • 関連発表等:第20回SPring-8産業利用報告会
  • 掲載日:2023年5月8日

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