コンタクトレンズ素材“シリコーンハイドロゲル”における小角X線散乱を用いた構造解明 No.044

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コンタクトレンズ素材“シリコーンハイドロゲル”における小角X線散乱を用いた構造解明 No.044

コンタクトレンズ素材“シリコーンハイドロゲル”における小角X線散乱を用いた構造解明

成果のポイント

  • コンタクトレンズ素材(シリコーンハイドロゲル)の中に相分離構造を発見
  • 相分離構造の形成要因の解明により新素材の材料設計を可能に

研究・開発機関:株式会社メニコン/メニコンフューチャーデバイスラボラトリー

SPring-8の活用

背景
 コンタクトレンズは、角膜(黒目)を覆うように使用する視力矯正用のレンズです。それらは酸素の透過性と透明性が必須で、素材には酸素と光の透過を妨げない構造が求められます。ハードレンズは高い酸素透過性を持つ疎水性シリコーン原料から出来ており、従来のソフトレンズは柔軟で使用感の良い親水性吸水原料から出来ていました。
 その後 ハードレンズの主成分である疎水性シリコーン原料と従来のソフトレンズの主成分である親水性吸水原料を共重合した“シリコーンハイドロゲル”と呼ばれる両親媒性ゲル素材が開発されました。この“シリコーンハイドロゲル”は、それまでの素材を凌駕した高い酸素透過性を持ち、柔軟で使用感の良いレンズです。しかし開発の初期段階では、疎水性成分と親水性成分の共重合時に両成分間の親和性が低く、白濁した共重合体を形成することが多々ありました。これら原因を解析するには、電子顕微鏡や小角X線散乱による材料の分析が効果的ですが、当時はコンタクトレンズなどの高分子でかつ水分を多く含む材料などの分析は困難でした。しかし近年、これら分析技術が向上したことにより、材料の分析を試みました。
 透過型電子顕微鏡を用いて、シリコーンハイドロゲルの内部構造観察を行ったところ、重合体内に相分離構造が存在し、透明な共重合体はナノスケールの相分離構造を持つことが確認できました。ただ、シリコーンハイドロゲルは、「ゲル」素材であり、吸水して膨潤した状態が完成品です。そのため、減圧環境下で測定を行う電子顕微鏡では乾燥状態での測定となるため、「ハイドロゲル」としての正確な構造を把握する必要がありました。

成果の詳細
 そこで物質が吸水した状態でも測定が可能なSPring-8の小角X線散乱(SAXS)*で測定を試みました。実際の製品を用いて分析したところ、サイズを含めた相分離構造の存在を観察できただけでなく、製品の含水状態・乾燥状態における差異も観察できました。更に、最大の課題であった共重合体の白濁に関する謎に迫るため、同じくSPring-8の極小角X線散乱(USAX)**を行い、類似の原料を使用していても白濁したゲルは、マクロスケールの相分離構造を呈することが確認できました。また、これら研究の中から、透明なナノスケールの相分離構造を持つ共重合体を形成するメカニズムが解明されました。
 その後、中性子施設を用いた分析も活用し、より詳細な構造解明を行い、高い親水性を持ち、シリコーン原料と共重合を行っても高い透明性を持つ新たな親水性吸水原料を見いだしました。このような研究結果を活かした素材がコンタクトレンズとして流通しています。

■SPring-8におけるシリコーンハイドロゲルの小角X線散乱測定

SPring-8におけるシリコーンハイドロゲルの小角X線散乱測定

シリコーンハイドロゲル
不透明()及び透明()な素材の内部構造

 様々な組合せのシリコーンハイドロゲルを作製する中で、透明・不透明な材料の差異を理解するため、SPring-8において小角X線散乱測定(SAXS)を行ったところ、透明な素材()は“ナノスケールの相分離構造を持つ”という透過型電子顕微鏡測定と一致する結果が確認されると同時に、不透明な素材()は、マクロスケールの相分離構造を持つことがわかりました。更に、乾燥状態から吸水して含水状態とすることで、相分離構造のサイズが大きくなる事が確認できました。これは含水による親水性ドメインが肥大化した結果と考えられます
 このように、SAXSにより重合体の内部構造を観察でき、更には吸水による構造変化を追跡できました。

■新しい親水性の吸水原料の考案

新しい親水性の吸水原料の考案

様々な吸水原料を使用したシリコーンハイドロゲルの重合前後の内部構造

 シリコーンハイドロゲルの内部構造が確認出来ることがわかったため、次により機能性の高い素材を目指した原料のスクリーニングにSAXSの活用を行いました。
同一のシリコーン原料との共重合において、材料1は透明なシリコーンハイドロゲルが得られるものの、不透明である材料2と比較すると親水性に劣ることがわかっていました。そこで、シリコーン原料と共重合する親水性成分の検討を行いました。
 やや親水性に劣る吸水成分を使用すると透明な材料1()と、親水性が高い吸水成分を使用した不透明な材料2()のSAXS測定結果の違いから、重合前は材料2と同様に疎水性のシリコーン原料と数nmスケールの凝集構造を示し、重合後には材料1と同様に数十ナノメートルスケールの相分離構造を持つ重合体を形成する吸水原料を見いだせば良いことがわかりました。
 SPring-8における散乱測定より、上記課題を解決するヒントを見いだし、材料3()に使用した吸水原料を発見しました。この吸水原料は、重合前のシリコーン原料との混合状態で数nmの凝集構造を示し、重合後に数十ナノメートルスケールの相分離構造を形成することが確認できました

■構造解析の結果から得られた製品

構造解析の結果から得られた製品

これら構造解析結果を生かして、シリコーンハイドロゲルを用いた、新しいコンタクトレンズ素材が生み出され続けています。


用語解説

*小角X線散乱(SAXS)
X線を物質に照射して散乱したX線のうち、散乱角が10°以下の低角領域に現れるものを測定し、物質の構造を評価する分析手法。

**極小角X線散乱(USAX)
従来のX線小角散乱で測定される一般的なサイズは数~数10 nmだが、それよりも大きい数百nm程度のサイズのメゾスコピック(中間的領域)構造について、より極小散乱角領域の散乱強度プロファイルを測定し、評価する方法を極小角X線散乱測定と呼ぶ。


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL19B2
  • 掲載日:2021年12月24日

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