水素脆化を克服するステンレス鋼の研究開発に貢献 No.031
水素脆化を克服するステンレス鋼の研究開発に貢献
脆化の原因となる結晶相を解析
成果のポイント
- 室温におけるステンレス鋼*の結晶構造の観察で、これまで無いとされていた水素脆化**の原因相の存在を世界で初めて実証
- さらなる研究の結果、原因相自体の観察にも成功
- 水素脆化に強いステンレス鋼の研究開発や新しい材料の利用の発展に貢献
研究・開発機関:日鉄ステンレス(株)/大阪府立大学
SPring-8の活用
背景
現在、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が進む中、水素エネルギーにスポットが当てられています。強度、延性などの機械的性質や耐食性に優れているステンレス鋼は、水素の貯蔵や輸送に適した材料として期待されていますが、水素脆化を起こす可能性が指摘されています。
水素脆化をおこさないステンレス鋼を開発するためには、水素脆化の原因を解明する必要があります。しかし、水素脆化因子を裏付ける定説はなく、ステンレス鋼の常温加工時に起こる結晶構造の変化を、原子スケールで観察することは容易でありませんでした。
成果の詳細
SUS304の予歪試料や無予歪試料を、予歪荷装置で引っ張りながら、SPring-8でその場X線回折観察を行いました。すると、試料の結晶構造が非磁性γ相から強磁性α'相へ変態する過程で、水素脆化の原因と考えられるε相が観察されました。さらに、相結晶の析出場所を確認するため、ローレンツ透過型電子顕微鏡***で観測したところ、非磁性のγ相やε相と強磁性のα'相の双晶境界にε相が確認できました。
これらの結果、これまで無いといわれていた、室温におけるステンレス鋼の水素脆化因子ε相の存在が明らかになりました。今後は、水素脆化に強いステンレス鋼の開発や利用法の新しい提案が期待されています。
SUS304の結晶構造の変化
SUS304の結晶は、非磁性の面心立方構造(γ相)をしています。これが、常温で引き伸ばすなどの加工を加えると、強磁性の体心立方構造(α'相)へ変態し(加工誘起マルテンサイト変態)、これによって、SUS304は強度や延性が向上します。当実験では、γ相とα'相への変態プロセスで、水素脆化の原因と考えられるε相の生成を確認しました。
SPring-8でのX線回折実験
単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)にて、回折計X線の入射角や回折X線の検出角度の制御がしやすい多軸回折計と予歪荷装置を設置し、予歪試料や無予歪試料を引っ張りその場観察を行いました。
SUS304の予歪試料と無予歪試料におけるX線回折プロファイルの観測
予歪を与えた試料は10%、20%…と引っ張り、予歪量を増やすにつれて、ε相のピークの面積も増加しましたが、40%からは減少しています。これにより、試料を30%引き延ばしたところから、ε相が強磁性のα'相に変態し始めていることが分かります。
磁相の観察 破断試料のローレンツTEM像
用語解説
*ステンレス鋼
鉄に11%以上のクロムを含んだ合金のことで、世界で5000万トンが生産されています。ステンレス鋼の代表であるFeに18%Crと8%Niを含有するSUS304(別名18-8)は、強度や延性・耐食性に優れていることから、システムキッチンやエレベーター、化学プラントやタンクなどに、幅広く利用されています。
**水素脆化
金属材料に水素が侵入して外力がかかると延性や靭性が低下し脆くなる現象。金属に力が加わると割れてしまうことがあります。
***ローレンツ透過型電子顕微鏡
磁性体の磁区観察に用いられている電子顕微鏡。強磁性体に入射した電子は磁場から受けるローレンツ力を受けて進行方向を変えます(偏向)。隣り合う磁区では異なる偏向を受けるため、隣り合う磁区にコントラストが観察でき、相の境界がわかります。
【関連情報】
- 関連ビームライン:BL02B1
- 掲載日:2020年10月30日