高機能フッ素樹脂コーティングの普及に寄与した 原子レベル界面解析技術の開発 No.030
高機能フッ素樹脂コーティングの普及に寄与した原子レベル界面*解析技術の開発
Web限定公開
製品の信頼性を証明
成果のポイント
- 高機能化したフッ素樹脂コーティングと金属基材の密着メカニズムを解明
- 測定不可能であった樹脂と金属の界面を、試料作製の工夫により、測定可能に
- 密着メカニズムの明確化により製品の信頼性が向上し、幅広い分野での普及に貢献
研究・開発機関:住友電気工業(株)
SPring-8の活用
背景
フッ素樹脂は、最高の耐薬品性や耐候性を持ち、金属コーティング材として大きな可能性を秘めています。身近なところでは、炊飯器内釜や鍋などの調理器具が広く普及しています。しかし、医療機器や自動車など、高い信頼性を要求される分野では、フッ素樹脂と金属基材の乏しい密着性が、普及の障害となっていました。住友電気工業㈱は、電子線照射プロセスの導入により、鉄やアルミニウムなどに対して高密着性の実現に成功していました。しかし、同コーティング技術を高い信頼性の上で利用するには、密着メカニズムを原理的・科学的に解明することが求められていました。
密着メカニズムにおいて重要な、「樹脂と金属の界面の化学状態」を明らかにするには、X線光電子分光法(X-Ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)**による分析が有効です。従来の実験室の装置では表面から2~3 nmの深さまで、またSPring-8の硬X線を用いると、表面から約20 nmまで分析できます。硬X線を用いる光電子分光法は特に、硬X線光電子分光法(Hard X-Ray Photoelectron Spectroscopy:HAXPES)と呼ばれます。しかしながら、フッ素樹脂コーティングは数μm以上の厚さがあり、測定のため界面を分析可能な深さまで削り出すなどの試みがこれまでなされていましたが、どれも失敗していました。
成果の詳細
そこで分析試料の作製方法として、GaAs基板上に金属薄膜を形成した後、フッ素樹脂の原料粉末を塗布し、加熱・電子線照射を行った後に基板を除去することにより、金属膜厚を20 nm以下にする独自の試料作製技術を新たに開発しました。そして、SPring-8のHAXPES分析を可能にすることに成功しました。HAXPES分析の結果から、加熱及び電子照射後に、フッ素樹脂層(-CF2-)と金属酸化層(O-Metal)の間に、C-O-Metalのナノスケールの界面結合が生成している可能性があることがわかりました。更に透過電子顕微鏡による断面構造分析なども駆使し、界面の網羅的な解析を行った結果、樹脂と金属の界面におけるMetal-O-C結合の生成が、高密着化のメカニズムであることを初めて明らかにしました。
高密着化のメカニズムを明らかにしたことで、製品に対する高い評価と信頼を得ることに成功し、現在、同コーティング技術は、自動車用のオイルポンプや軸受、医療機器などの、幅広い産業分野で普及が進んでいます。
半導体製造プロセスを応用した試料作製技術の開発(概要)[1,2]
表面平滑なGaAs 基板上に、①SiO2薄膜(膜厚:約50 nm)、②金属薄膜(膜厚:約20 nm)、③フッ素樹脂層を順に形成した後、④GaAs 基板を剥離し、SiO2膜を⑤イオンエッチングにより除去することで、フッ素樹脂上に金属(20 nm)を形成させた試料の作製に成功した。試料断面構造のCryo-TEM観察***で、目的通り、金属薄膜(20 nm)/フッ素樹脂の層構造が形成していることを確認した(図中TEM結果は、金属がFeの場合)。SPring-8のHAXPESの分析深さは約20 nmであるため、金属側からX線を照射し、界面から発生する光電子を検出することが可能となる。
試料作製の一部は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(京都大学微細加工プラットフォーム)の支援を受けて実施。
HAXPES分析結果
左図は、HAXPESにおけるX線の入射方向、試料面、アナライザーの位置関係を模式的に示したものである。試料にX線を照射し、表面から放出される光電子をアナライザーで分光し、右図に示すようなエネルギースペクトルを取得する。このスペクトルから、試料表面の化学状態を判別する。更に試料を回転させ、光電子の取り出し角(図中のθ)を変えながら測定することで、分析深さを変えることが可能である。θが小さいほど、スペクトルに界面情報が多く含まれる。
右図はFe/フッ素樹脂試料(θ=30°、80°)のHAXPES分析結果と、フッ素樹脂のみのXPS分析結果である(C 1s)。高結合エネルギー側のピークはフッ素樹脂のみにも見られることから、-CF2-のC由来と考えられる。一方、低結合エネルギー側のピークは樹脂のみには見られない。また、θ=80°の結果に比べて30°の方が、同ピークの相対強度が大きくなっている。θが小さいほど界面情報が多くなることなどから、この低結合エネルギー側のピークはFeと樹脂の界面に形成されたC-O-Fe結合に起因すると考えられる。
なお図において、CF2のピークの結合エネルギーが292 eVとなるよう横軸補正を実施した [3]。
電子線照射によるフッ素樹脂とFeの界面の密着性向上メカニズム
HAXPES分析に加えて、透過電子顕微鏡による断面構造分析なども駆使し、界面の網羅的な解析を行った結果、「フッ素樹脂コーティング中のCとFe表面の酸化物中のOが結合し、高密着性を発揮している」と推定した。
製品化への展開
架橋フッ素樹脂コーティングFEX®を施工した自動車用オイルポンプ(左)と軸受(右)
製品の例(住友電工ファインポリマー(株)HPより引用)
(http://www.sei-sfp.co.jp/products/fex.html)
金属基材との密着性を向上させたフッ素樹脂コーティングは、密着メカニズムが明らかになったことで、信頼性が向上。同コーティングは、様々な分野で活用されている。
参考文献
[1] Y. Kubo et al.: ACS Appl. Mater. Interfaces 10 (2018) 44589.
[2] Y. Kubo et al.: Appl. Surf. Sci. 513 (2020) 145708.
[3] B. J. Tan et et al.: Langmuir 9 (1993) 740.
用語解説
*界面
均一な固体や液体同士が接している境界
**X線光電子分光法
試料にX線を照射したときに放出される光電子のエネルギーを測定し、試料表面の化学組成や化学状態を分析する手法。照射するX線のエネルギーによって、分析できる深さが異なる。実験室ではAl-Kα線(1.4867 keV)等の軟X線が使われているのに対し、SPring-8の放射光では4~10 keVという高輝度高エネルギーの硬X線を使えるため、より表面から深い領域を分析できる。この硬X線を用いる光電子分光法は、特に硬X線光電子分光法(HAXPES)と呼ばれている。
***Cryo-TEM
試料を低温下で観察できるセットアップを備えた透過型電子顕微鏡。
【関連情報】
- 関連ビームライン:BL16XU
- 関連発表等:第16回ひょうごSPring-8賞
- 掲載日:2020年10月1日