放射光利用解析技術を用いた高エネルギーバッテリーの研究開発 No.022
放射光利用解析技術を用いた高エネルギーバッテリーの研究開発 Web限定公開
発表のポイント
- 高エネルギーバッテリーに用いる材料の挙動を放射光利用解析および種々の解析手法で解明。
- それら高エネルギーバッテリーの充放電挙動を計算機上で再現し、製品設計へ応用。
研究・開発機関:日産自動車(株)総合研究所
【研究開発の背景と目的】
持続可能な社会を実現するためには、エネルギー問題、地球温暖化問題の是正を見据えた最適なエネルギーミックスを実現することが重要で、あらゆる産業界において取り組まれています。自動車などの運輸部門の対策としては、車両の電動化と普及がその一つと考えられています1)。すでにハイブリッド自動車、電気自動車の普及は始まっていますが、さらなる普及および加速に向けて、技術的な側面からのアプローチが必要です。電気自動車の場合、航続距離の長いほど商品としては魅力となりますが2)、そのためには、車載されているバッテリーを中心として、多くの自動車技術を結集させる必要があります。
電気自動車について、航続距離を伸ばす高エネルギーバッテリーとして、最も活発に研究が行われているのが、高容量電極活物質材料です。それらは実際に高いポテンシャルを持つ材料系が多く報告されていますが、実用化に向けた課題は少なくありません。特に容量と耐久性の両立に課題がある場合が多く、それらを解決するためには、材料を詳細に理解することが重要で、静的な物性、動的な挙動を原子レベルで解析する高度解析技術や材料設計が必要不可欠です。
【得られた成果】
リチウムイオン電池用シリコン系負極活物質(注1)は、これまで多く使われてきている黒鉛系負極活物質と比較し、高容量であることが知られています。しかし充放電反応に伴って物質自身が膨張収縮するため、実用的な耐久性を担保することが困難です(図1)。課題解決のために、先ずSiとTi、Snを出発原料とし、微細なTi2Siが分散されたSnを含有するアモルファスSiを調製し(Si-Ti-Sn)、それが耐久性に優れる負極活物質となることを見出しました。その要因の一つは、微細構造により活物質の体積変化が最小限に抑えられたことでした3)。しかし、それらSi-Ti-Sn活物質とバインダー、導電助剤を混合して作った電極は、充放電の繰り返しによる活物質の体積変化は少ないものの、電極としては徐々に膨張する現象が観測されました。実用化のためには、それら膨張を適切に制御し、製品設計に落とし込む必要がありました。次に現象を詳細に観察するため、電極についてSPring-8のBL16XUにてHard X-ray Photoelectron Spectroscopy (HAXPES) (注2)法を用いて観察しました。図2に電極中のSiのHAXPESスペクトルを示します。今回の実験では充放電を繰り返し行うことはできましたが、表面の反応は不可逆的様相を呈しました。放電後のSiは充電前の状態には戻らず、大きく分けて低結合エネルギー(注3)側と高結合エネルギー側の二つの状態で存在することが分かりました。低結合エネルギー側は、Li化したSiが部分的に脱Li化できていない成分があり、高結合エネルギー側は、電解液成分の分解物とSiが相互作用してできたシリケートのような化合物が見受けられました。これらの物質は放電後にも完全には消失せず、しかもその残存量は充放電を繰り返すことによって増加傾向にあることが分かりました(図2(b))。さらに図2(c)のスペクトルからも、充放電繰り返しによるオリゴマーなどの表面堆積物の増加が観測されました。これらの副反応による生成物が、電極膨張の原因であると今回解明されました。このようにバッテリーの充放電反応の繰り返しによる材料の変化を、放射光を用いた解析によりつぶさに観察することができたことと、他の解析結果(たとえば電顕観察など)から、その挙動を数値化し、バッテリーを使用した時の膨張挙動を含めた性能予測が、計算機上のモデルで可能となりました(図3)4)。車載用バッテリーパックは最大限に膨張した状態を見越して設計する必要があり、実験だけであらゆる使用状況を加味した予測をすることは困難でしたが、本手法を用いたシミュレーションを活用し、はじめて設計に落とし込むことができました。これらのことにより、耐久性を犠牲にすることなく、バッテリーの高エネルギー密度化を実現することが可能となりました。
【今後の展開】
負極活物質だけではなく、正極活物質の高容量化への期待もありますが、そのためには多くの課題があります。今後は放射光解析に加え、様々な解析手法と計算科学を組み合わせることで、単一の手法では解明できない高いレベルでの現象解明を通じて、実用化に向けた研究開発を推進します。
【おわりに:筆者より】
本稿に述べたような研究開発を通じて、その意義を、筆者なりの思いで考えてみたい。図4にその概念を示している。持続可能な社会への実現には環境問題への取り組みは不可欠であり、その課題解決に材料技術の貢献が期待されている。多くの難課題の解決には革新的な材料が求められており、単なる最適化や、トライアンドエラーの繰り返しでは、最終的な解に至るのは難しいであろう。革新的な材料開発には、材料機能の発現をその根本から理解し、確かな戦略を持つ必要がある。そのカギとなるのが高度解析技術をベースとした材料設計技術である。本稿で紹介したバッテリーの高容量活物質の研究においては、電池の作動状態を原子レベルで直接観測できる放射光利用解析技術は不可欠である。また、それを補完する種々の解析技術、あるいは計算科学の活用によりそのアウトプットの質をさらに向上させることができる。これらの取り組みを通じて、持続可能な社会実現に貢献できる商品開発に繋げていきたい。
【参考文献】
1) 科学技術基本計画-科学技術政策-内閣府(2019年12月12日参照)
2) みずほ銀行、Mizuho Industry Focus Vol. 205、自動車電動化の新時代
3) 境哲男監修:リチウムイオン二次電池用シリコン系負極材の開発動向、シーエムシー出版(2019)、p127-p138
4) Y. Furuya et al., P086TUE, IMLB 2018, Kyoto, Japan.
【図表】
図1 負極活物質の充放電反応
図2 (a)初回充放電中のSi 1s、(b)初回充放電後および10回充放電後のSi 1s、
(c) 初回充放電後および10回充放電後のC 1sのHAXPESスペクトル
図3 シリコン系負極活物質を用いた電極の膨張挙動シミュレーション
図4 放射光利用解析技術の社会・環境への貢献
用語解説
注1:活物質
電池内部で、化学反応を起こすことで、電気を貯めたり、出したりする物質。リチウムイオン電池の場合、活物質にリチウムイオンが出入りする。
注2:Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy (HAXPES)
一般にラボレベルで使われるX線よりも強力なX線を用いた光電子分光。ラボ実験に比べて物質表面の検出深さが深い。本研究では、その検出深度の深さゆえ、表面堆積物と、その内側にあるシリコンを同時に観測することができ、有用な情報が得られた。
注3:結合エネルギー
物質内部の電子が原子核に対する束縛エネルギー。物質にX線を照射することで、物質内部から飛び出してくる電子を観測することで測定できる。結合エネルギーは元素の化学状態に依存するために、物質の化学状態を推定できる。
【関連情報】
- 関連ビームライン:BL16XU
- 掲載日:2020年1月15日