軟X線渦ビームのらせん波面の観測に成功-磁性体中のトポロジカル欠陥構造に対する新たな観測手法-

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軟X線渦ビームのらせん波面の観測に成功-磁性体中のトポロジカル欠陥構造に対する新たな観測手法-

2020年12月25日
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立研究開発法人 理化学研究所

本研究成果のポイント
○軟X線の特殊な状態である渦ビームに対して、試料からの散乱と参照光の間の干渉効果を利用することにより、らせん波面の観測に成功
○スキルミオン格子に存在するトポロジカルな欠陥構造(※1)を、渦ビームの位相測定により観測できることを発見
○磁性体中のトポロジカル欠陥構造に対して、本手法が新たな観測手法になり得ることを提示


 東北大学大学院理学研究科の石井祐太助教、分子科学研究所 山本航平研究員、高輝度光科学研究センター(JASRI)放射光利用研究基盤センター 横山優一博士研究員、水牧仁一朗主幹研究員、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の中尾裕則准教授、理化学研究所創発物性科学研究センター 有馬孝尚チームリーダー、物質・材料研究機構 山崎裕一主任研究員(兼KEK 客員准教授)らのグループは、インライン型ホログラフィー(※2)の手法を用いて、フォーク型回折格子(※3)から生成された らせん状の軟X線渦ビームの位相分布を観測することに初めて成功しました。更に、ナノメートル(10億分の1メートル)領域の磁気渦構造であるスキルミオンの格子において、欠陥構造が存在する場合、本手法により欠陥のトポロジカルな構造の推定が可能であることを、シミュレーションにより明らかにしました。これらの結果は、磁性体中に存在するトポロジカルな欠陥構造に対して、本手法が新しい計測手段になり得ることを示しています。
 本研究の成果は米国現地時間の12月24日、学術誌Physical Review Appliedに掲載されました。

<論文情報>
Soft x-ray vortex beam detected by inline holography(インラインホログラフィーによる軟X線渦ビームの観測)
著者: Y. Ishii*1, K. Yamamoto*2, Y. Yokoyama*3, M. Mizumaki*3, H. Nakao*4, T. Arima*5, Y. Yamasaki*4,*5,*6,*7
*1:東北大学 大学院理学研究科 *2:分子科学研究所 *3:高輝度光科学研究センター *4:KEK物質構造科学研究所 *5:理化学研究所 *6:物質・材料研究機構 *7:科学技術振興機構
雑誌名: Physical Review Applied(オンライン版2020年12月24日 )


図 1. フォーク型回折格子により生成される軟X線渦ビーム

図 1. フォーク型回折格子により生成される軟X線渦ビーム

 


【背 景】
一方向に進行する光は通常、波面を平面に保ちながら進みます(平面波)。一方で、波面が光軸に対してらせん状に回転しながら進行していく光を、光渦と呼びます。光渦は、中心に位相が定義できない位相特異点(※4)の存在や、波面の回転により生じる軌道角運動量(※5)を持つなど、平面波には無い特殊な性質を持ちます。可視光領域では、このような光渦が古くから研究されており、上記の性質を利用した様々な応用が期待されています。
 近年、軟X線領域(※6)においては、フォーク型回折格子を用いた光渦の生成方法が報告されています(図1)。フォーク型回折格子は、文字通りフォークのような形をした回折格子であり、中心周りを一周する際に位相が回転するトポロジカルな欠陥構造と見ることができます。このようなフォーク構造は磁性体中のトポロジカル欠陥にも数多く見られる、一般的な構造です。この欠陥構造に光を入射すると、その回折方向に渦ビームが生成されます。この生成されるビームの位相の巻数(トポロジカル数)から、欠陥構造を推定することができます。例えば、位相が1回転する欠陥構造では、それにより1次の回折方向にトポロジカル数ℓ=1の渦ビームが生成されます。従って、欠陥構造から生成された光渦のトポロジカル数を判別することができれば、欠陥のトポロジカルな構造の推定が可能になります。
 軟X線渦ビームのトポロジカル数を正確に決定するためには、渦ビームのらせん状の位相分布を観測する必要がありますが、これまで軟X線領域においてはそのような報告はありませんでした。これは、通常のX線計測ではX線の強度のみが観測可能で、位相は観測できないことが原因です。

図 2. インライン型ホログラフィーの実験配置

図 2. インライン型ホログラフィーの実験配置

 


【研究手法と成果】
  本研究では、軟X線領域の光渦を利用することで、近年盛んに研究が行われている磁性体中のトポロジカルな欠陥構造に対する、新たな測定手法を提案しました。軟X線渦ビームの位相情報を取り出すために、インライン型ホログラフィーの手法を用いました(図2)。この実験では、まずX線を集光素子(フレネルゾーンプレート)により集光します。集光点を過ぎるとX線は発散していきますが、その途中にフォーク型回折格子を設置します。更に下流に2次元検出器を設置することで、回折格子より生成された軟X線渦ビームと回折格子の周りを通り抜けてくる参照光との干渉パターン(ホログラム図形)を観測することができます(図3(a))。この干渉パターンには、通常のX線散乱では観測できない位相情報が含まれています。渦ビームの位相情報を取り出すためには、干渉パターンのうち干渉項だけを取り出し、参照光の位相部分を取り除くことが必要です。このような操作を周波数フィルタリング(※7)と呼び、これを行うことで研究グループは、ℓ=±1の渦ビームに対してらせん状に回転する位相分布の抽出に成功しました(図3(b)と(c))。更に、渦ビームのトポロジカル数の符号に合わせて、観測されたらせん位相の巻く方向が逆転することを明らかにしました。

図3:計算機シミュレーションによって得られた磁気構造

図 3. (a) インラインホログラフィーの回折パターン
(b), (c) ℓ=±1の軟X線渦ビームの位相分布

 


 次に研究グループは、フォーク型回折格子が実際の磁性体に置き換わった時に、どのような結果となるのかを、シミュレーションにより求めました。対象としたのは、ナノメートル領域の磁気渦構造であるスキルミオンの格子です。スキルミオンは通常六角形の格子を組むことが知られていますが、格子の中に五角形や七角形の構造が現れることがあります。このような構造はトポロジカル欠陥とみなすことができ、近年磁性体中におけるこれらの挙動が、研究対象になっています。研究グループは、トポロジカル欠陥構造を含むスキルミオン格子に対して、インライン型ホログラフィーの干渉パターンを計算により求めました(図4(b))。この干渉パターンに対し、周波数フィルタリングを施すことで、生成される渦ビームの位相観測が可能であることを明らかにしました(図4(c))。また、この渦ビームは、スキルミオン格子中の欠陥構造が持つ位相の巻数を反映した位相分布を持つことを示しました。このことは、本手法が、磁性体中の欠陥構造に対して、そのトポロジカルな構造を推定する有効な手法になり得ることを示唆する結果です。

図4

図 4.
(a)トポロジカルな欠陥構造を含むスキルミオン格子
(b)インラインホログラフィーの干渉パターンのシミュレーション結果
(c)図(b)で赤丸をつけた箇所の位相分布
 位相がらせん状になっており、スキルミオン格子のトポロジカル欠陥から渦ビームが生成されることを示している。

 


【本研究の意義、今後への期待】
 本研究では、インライン型ホログラフィーにより、軟X線渦ビームの位相分布の観測に成功しました。またシミュレーションにより、スキルミオン格子に存在する欠陥のトポロジカルな構造を、本手法により推定できることを示しました。以上の結果は、本手法が磁性体中のトポロジカル欠陥構造に対して、これまでに無い新たなプローブになり得ることを示しています。更に、トポロジカル欠陥の動的挙動の観測等、新たな研究への応用が期待されます。


【用語解説】
※1. トポロジカルな欠陥構造
 欠陥の周りを一周する際に、位相も回転する特殊な構造。また、位相の回転数をトポロジカル数と呼ぶ。このような構造は、数学の一分野である位相幾何学(トポロジー)によって取り扱われる。トポロジーは、ある形と別の形のつながり具合を表す概念である。例えば、ある図形が連続変形によって別の図形に移り変わるとき、それらの図形はトポロジカルに同じとみなす。一方で、トポロジカルな欠陥構造と欠陥の無い構造は、連続変形で互いに移り変わることができず、異なるトポロジーを持つ。このようなトポロジカル欠陥構造は、磁気構造・結晶構造・神経細胞等、様々なもの・現象の中で観測されている。

※2. インライン型ホログラフィー
 試料からの散乱と参照光の間の干渉効果を利用した実験手法。干渉により、通常は観測されない散乱光の位相情報を得ることができる。散乱光と参照光は、同軸方向に進むことが特徴。

※3. フォーク型回折格子
 上半分と下半分の格子数が異なる回折格子。格子数の差がトポロジカル数となる。フォーク型回折格子は、トポロジカルな欠陥構造とみることができる。図1参照。

※4. 位相特異点
 位相が定義できない点を位相特異点と呼ぶ。光渦は、その中心周りにらせん状の位相分布を持つため、中心が位相特異点となる。

※5. 軌道角運動量
 電子が原子核等の周りを回転運動しているとみなせる場合、その回転運動から生じる角運動量(運動量のモーメント)を軌道角運動量と呼ぶ。一方、光渦では、位相特異点周りで波面が回転しながら進行するため、この場合もある種の角運動量を持つ。この角運動量を、電子と対応させて軌道角運動量と呼ぶ。

※6. 軟X線領域
 波長が1ナノメートルから数ナノメートル程度の光を軟X線と呼ぶ。軟X線領域には、主に磁性イオンのX線吸収端(イオンがX線を大きく吸収するエネルギー)が多数存在しているため、磁性研究に広く利用されている。

※7. 周波数フィルタリング
画像データに対してフーリエ変換を施すことで、周波数成分に分類することができる。ある周波数成分を切り取った後、逆フーリエ変換を施すことで、切り取った周波数成分に対応する画像を得ることができ、この方法を周波数フィルタリングと呼ぶ。


【お問い合せ先】
<研究内容に関すること>
 国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科 (助教) 石井祐太
  Tel: 022-795-7750 e-mail: yuta.ishii.c2attohoku.ac.jp
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(准教授)中尾裕則
  Tel: 029-864-5594 e-mail: hironori.nakaoatkek.jp
国立研究開発法人 理化学研究所 創発物性科学研究センター(チームリーダー)有馬孝尚
  e-mail: takahisa.arimaatriken.jp

<報道担当>
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室
  Tel: 029-879-6047 Fax: 029-879-6049 e-mail: pressatkek.jp
国立大学法人 東北大学 大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
  Tel: 022-795-6708 e-mail: sci-kohoatmail.sci.tohoku.ac.jp
国立研究開発法人 理化学研究所 広報室 報道担当
  e-mail: ex-pressatriken.jp
公益財団法人 高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
  Tel: 0791-58-2785 Fax: 0791-58-2786 e-mail: kouhouatspring8.or.jp

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