SiCパワーデバイス実用化に向けた動作中デバイスにおける結晶欠陥可視化技術の開発 No.049

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SiCパワーデバイス実用化に向けた動作中デバイスにおける結晶欠陥可視化技術の開発 No.049

SiCパワーデバイス実用化に向けた動作中デバイスにおける結晶欠陥可視化技術の開発

成果のポイント

  • 放射光を用いて、世界で初めて動作中SiC MOSFETにおける結晶欠陥の拡張を直接観察することに成功
  • SiC MOSFETの実動作条件下での結晶欠陥の拡張機構を解明
  • SiC MOSFETの信頼性が向上し、パワーモジュールの革新的な小型・低コスト化の実現に大きく貢献

研究・開発機関:株式会社日立製作所

SPring-8の活用

背景
 カーボンニュートラルを実現するためには、電力、産業・モビリティ、家庭・オフィス等の幅広い分野で高効率なパワーエレクトロニクス機器の利用拡大がより重要となります。現在、パワーデバイスの材料にはSiが広く使われていますが、更なる省エネルギー化に向けてSiCを使ったパワーデバイスの実用化が開始されています。SiCパワーデバイスは高電圧での動作が可能であり、高耐圧・大電流が求められる電力やモビリティ分野での活躍が特に期待されていますが、SiCに含まれる結晶欠陥がその普及を妨げています。具体的には、SiCパワーデバイスの中で最も応用範囲が広いスイッチング素子であるSiC MOSFETを用いたパワーモジュールでは、MOSFETの内蔵PNダイオードを還流ダイオードとして活用することで小型・低コストであるダイオードレス構造が実現可能ですが、内蔵PNダイオードの動作中にデバイスのオン抵抗が増加するバイポーラ劣化現象が課題となります。これは、SiCに存在する線状の結晶欠陥が、電子-正孔再結合エネルギーを受け取り、面状の積層欠陥に拡張することで起こります。積層欠陥は、電流の流れを阻害する高抵抗層であるため、動作中に徐々にデバイスの抵抗が増加してしまいます。
 この課題を解決し、SiC MOSFETの高信頼化を実現するために、動作中デバイスの内部で積層欠陥がどのように拡張し、特性がどのように劣化するのかを解明する必要がありましたが、デバイス構造が非常に複雑であるため、成功例はありませんでした。

成果の詳細
 そこで、放射光を用いたX線トポグラフィー法*を応用して、動作中のSiC MOSFETにおける積層欠陥の挙動を可視化し、積層欠陥の生成機構を解明しました。この際、検出系にX線カメラを採用することで連続撮像を可能とし、SiC(0-2210)面の回折を利用することで鮮明に積層欠陥を検出しました。
 SiC MOSFETの内蔵PNダイオードに150 Aの電流を流しながら観察を実施した結果、世界で初めて動作中SiC MOSFETにおける積層欠陥の拡張を直接観察することに成功しました。さらに、異なる動作条件で拡張した積層欠陥を特定して詳細に解析し、デバイス動作条件に応じた信頼性モデルを構築しました。構築したモデルを用いることで、ダイオードレス構造を実現する高信頼なSiC MOSFETの実現に貢献することができました。
 この高信頼なSiC MOSFETを用いたSiCパワーモジュールにより、鉄道・電気自動車等の産業で大きな省エネルギー効果が得られ、カーボンニュートラル実現に向けたCO2削減目標達成への貢献が期待されます。


結果

SiC MOSFETのバイポーラ劣化

 図1 (a)にSiC MOSFETの単一セルの断面概略図を示します。SiC MOSFETはSiC基板上にSiCエピタキシャル層を成膜したSiCエピ基板上に作成され、ゲート電極・ソース電極・ドレイン電極の三つの端子を持ちます。チップの中には,図1 (a)で示す単一セルが敷き詰められており、SiCエピ基板の表面側は複雑な立体構造が形成されています。
 図1 (b)には、SiC MOSFETのバイポーラ劣化の例を示します。SiC MOSFETを用いたパワーモジュールはSiC MOSFETの内蔵PNダイオードを活用することで、小型・低コストであるダイオードレス構造が実現可能ですが、内蔵PNダイオードの動作中に、SiCに存在する結晶欠陥が積層欠陥に拡張し、電気特性が劣化します。図1 (b)は内蔵PNダイオードを十分な時間動作させ、前後の電気特性を比較したものですが、内蔵PNダイオードの中に積層欠陥が拡張することで、電流が流れにくくなり、抵抗が増加しています。

図1

図1:(a) SiC MOSFETの断面概略図(単一セル部) (b)バイポーラ劣化前後の電気特性

SPring-8でのオペランドX線トポグラフィー評価系

 図2にオペランドX線トポグラフィー評価系を示します。評価系は、X線カメラ、サンプル冷却機構、電流ストレス印可用電源ユニットおよび位置調整機構から構成されています。X線トポグラフィーは、Si(111)単色器で10 keVに単色化した放射光を用いて反射配置で実施しました。また、積層欠陥をコントラスト良く観察可能な回折面SiC(0-2210)を選定しました。従来のX線フィルムに替えて高精細かつ高速なX線カメラを採用することで、連続撮像を可能としました。

図2

図2: 開発したオペランドX線トポグラフィー評価系

動作中SiC MOSFETにおける積層欠陥拡張の様子

 SiC MOSFETの内蔵PNダイオードに150 Aの電流を流しながら、X線トポグラフィー観察を実施し、得られた結果を図3に示します。これらから、積層欠陥が拡張する様子が鮮明に観察され、世界で初めて動作中SiC MOSFETにおける積層欠陥の拡張を直接観察することに成功しました。実験では、1時間以上に渡り時間分解能1秒で連続的なトポグラフィー像を取得できました。
 さらに、異なる動作条件で拡張した積層欠陥を特定して詳細に解析し、拡張速度や拡張起点が電流の大きさに伴って、速く・深くなることを実験的に明らかにしました。

図3

図3:動作中SiC MOSFETにおける積層欠陥拡張の様子

製品化への展開

 一連の実験から得られた結果を統合することで、SiC MOSFETの動作条件に応じた信頼性モデルを構築することができました。構築したモデルを活用することで、図4に示すように、SiCパワーモジュールのダイオードレス構造を実現する高信頼なSiC MOSFETの実現に貢献することができました。

図4

図4:SiCパワーモジュールのダイオードレス構造を実現する高信頼SiC MOSFET


用語解説

*X線トポグラフィー法
X線を単結晶試料の表面へブラッグの回折角で入射させ、回折された回折X線の強度を検出することで、試料内の欠陥・転位・歪み等の分布や形を二次元画像として観察する欠陥評価法。本手法は非破壊であるため、様々な結晶内部の欠陥を可視化し、品質を評価する際に広く使用されています。


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