X線吸収微細構造による鉄さびの構造解析 No.040

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X線吸収微細構造による鉄さびの構造解析 No.040

X線吸収微細構造による鉄さびの構造解析

成果のポイント

  • 雰囲気制御セルを用いて、乾湿繰り返し環境における鉄さびのその場分析に成功し、鉄さびにおける微細さび粒子生成へのNiの関与を明確化
  • 耐候性鋼の防食機構を解明し、さらなる防食性向上のための材料設計基盤を強化

研究・開発機関:株式会社 神戸製鋼所

SPring-8の活用

背景
 鉄鋼材料の防食性は、使用環境で生成する緻密で安定な鉄さびの保護作用によって発現されます。また鉄さびは、乾燥と湿潤の周期的変化を受けるため構造が非常に複雑です。防食機構を解明するには、「金属原子の化学状態が湿潤環境下でいかに変化するか」などの未解明な点があるのが現状です。その中で、少量の合金元素を添加して、耐食性を向上させた低合金耐食鋼は、耐候性鋼(安定したさびを形成させ、耐食性を向上させた鋼)を代表として橋梁など様々な分野で実用されていますが、適用範囲は塩分が比較的少ない環境などに限られています。使用資材におけるライフサイクルコスト低減や安全性向上などの観点から、より厳しい腐食環境で高い防食性を発揮する低合金耐食鋼の開発が望まれており、このためには鉄さび構造の明確化や合金元素の影響を解明する必要があります。
 普通鋼と耐候性鋼における乾燥時と湿潤時における中性子小角散乱等各種分析を行ったところ、耐候性鋼では乾燥過程で微細なさびが生成し、空隙の少ない緻密な鉄さび層が形成され、これが防食性に寄与していることがわかりました。さらには、湿潤過程でさびが粗大化して防食性が低下することがわかりました。ただし、合金元素における金属の状態は添加量が少ない(Cu:0.3%, Ni:0.2%, Cr:0.5%)ため捉えることが難しく、未解明でした。

成果の詳細
 そこでSPring-8を用いて、乾燥と湿潤による繰り返し環境におけるX線吸収微細構造(XAFS)測定を行いました。合金元素のNiはさびと鋼材界面での化学結合状態が変化し、Ni周りの動径構造関数**でNi−Mピーク位置変化が認められ、耐候性鋼の微細さび粒子生成への関与が示唆されました。これらの結果から、乾湿繰り返し環境における耐候性鋼の防食機構が明確化され、さらなる防食性向上のための材料設計基盤を強化できました。今後は、橋梁や船舶・海洋環境など様々な分野における耐食鋼材開発への活用が期待できます。

■耐候性鋼の防食機構

耐候性鋼の防食機構

鋼材の腐食は、さび粒子の隙間に水や塩素イオンなどの腐食性物質が侵入し、進行されると考えられます。耐候性鋼ではNiなどによるさび粒子の成長が抑制されて、微細なさび粒子となり、空隙の少ない緻密なさび層が形成され、防食性が得られると考えられます。しかし、ある程度時間が経過すると、さび粒子の成長が粗大なさび粒子となって保護性が低下すると考えられます。

■SPring-8における雰囲気制御セルを用いた鉄さび性状のその場分析

SPring-8における雰囲気制御セルを用いた鉄さび性状のその場分析

鉄さびを生成させた鋼材試料を密閉セルに挿入し、その内部を乾燥空気で乾燥または水蒸気で湿潤状態に制御できる雰囲気制御セルを用いて、XAFS測定を行いました(写真はSPring-8/BL16B2での実験状況)。

■乾燥過程における動径構造関数の変化

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湿潤状態から乾燥させながら実施したXAFS実験の結果、耐候性鋼の合金元素Ni周りの動径構造関数でNi−Mピーク位置変化が認められました(右図5–6 hのライン)。また、乾湿過程において、Niの化学結合状態はさびと鋼材界面で変化していることも判明し、耐候性鋼の微細さび粒子生成へのNiの関与が示唆されました。

 


用語解説

*X線吸収微細構造(XAFS)
X線照射により、原子における内殻電子の励起(エネルギーが上がること)に起因して得られる吸収スペクトルを解析することにより、着目元素ごとの状態の情報を得ることができる分析手法。

**動径構造関数
XAFSスペクトルの振動成分から導かれる、注目原子の近隣に存在する原子との距離(横軸)とそれらの数(縦軸)を示す関数で、原子(あるいは分子)の構造や注目原子の周りの局所構造などが分かります。


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL16B2
  • 掲載日:2021年7月1日

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