自動車用潤滑油の添加剤が金属表面に作用して形成した反応膜の化学状態の解明 No.028

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自動車用潤滑油の添加剤が金属表面に作用して形成した反応膜の化学状態の解明 No.028

自動車用潤滑油の添加剤が金属表面に作用して形成した反応膜の化学状態の解明
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成果のポイント

  • SPring-8を活用することにより非破壊で反応膜の深さ方向の化学状態を解明
  • 潤滑油の省燃費性の指針となり得る摩擦係数と反応膜の化学状態との関係を把握

研究・開発機関:ENEOS株式会社

背景・目的

 近年の地球温暖化問題に係る炭酸ガス排出を抑制するためには自動車の省燃費性の向上が欠かせません。省燃費性の向上には自動車に使用される潤滑油の低粘度化が有効です。しかし、低粘度化すると潤滑油によりエンジンなど金属製部品の表面に形成される油膜が薄くなり、金属摩耗が起こります。そのため、潤滑油に摩耗防止剤を添加して金属表面を保護する必要があります。
 摩耗防止剤は金属表面に作用して厚さが数10nmの反応膜を形成させますが、摩擦係数など省燃費性に係る性能は反応膜の特性、すなわち反応膜の組成、化学状態に大きく影響を受けると考えられています。したがって、潤滑油の省燃費性を向上させるためには、反応膜の組成、反応膜中の潤滑油添加剤由来成分の化学状態を制御する必要があり、そのためには反応膜の生成機構の解明が必須となります。
 そこで、本研究では反応膜の生成機構解明の一環として、潤滑油の省燃費性の指針となり得る摩擦係数と反応膜中の潤滑油添加剤由来成分の化学状態との関係の把握するために、基油に自動車用エンジン油に添加される摩耗防止剤ZnDTP(Zinc DialkyldiThioPhosphate)のみ添加した潤滑油により形成させた反応膜について、非破壊で深さ方向分析が可能な放射光利用HAXPES (HArd X-ray PhotoEmission Spectroscopy)に着目し、反応膜の化学状態の推定を試みました1)

成果

 基油に摩耗防止剤ZnDTP(図1)のみ添加した潤滑油を用いて摩擦試験を行うと、基油の種類(鉱油、エスエル油)やZnDTPの種類(分子構造)によって摩擦係数が異なることがわかりました。また、試験時間とともに摩擦係数が変化し、その変化の仕方は基油の種類、ZnDTPの種類によって異なることもわかりました。
 そこで、摩擦係数と摩擦試験により金属表面に形成された反応膜中のZnDTP由来成分の化学状態との関係を把握するために、SPring-8の産業利用IIIビームライン(BL46XU)においてHAXPESを用いて、おもに反応膜を構成しているリン系化合物に着目して膜の深さ方向の化学状態の変化を非破壊で調べました。
 通常、試料表面の化学状態を推定するためによく用いられる、分析深さが数nmの表面分析手法XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)により深さ方向分析を行うには、アルゴンイオンなどを試料表面に照射して試料を削りながら行うため破壊分析となります。それに対して、SPring-8のHAXPESはXPSよりエネルギーの高いX線を用いるので、試料にX線を照射すると放出される光電子の運動エネルギーも高くなるため分析深さが数10nmまで深くなります。さらにこの光電子を検出する角度を変えることにより分析深さを変化させることで、非破壊で深さ方向分析が行えます。したがって、本反応膜のようにアルゴンイオン照射による変質が懸念される試料の深さ方向の分析には最適な手法です。
 上記HAXPESを用いて、基油の種類、ZnDTPの種類、摩擦試験時間を変えて摩擦試験を行い、金属表面に形成させた種々の反応膜について、おもに反応膜を構成しているリン系化合物の化学状態を調べました。その結果、リン系化合物はポリリン酸であるとわかりました。さらに、基油の種類、ZnDTPの種類、摩擦試験時間によりポリリン酸の分子鎖の長さが異なり、また反応膜の表層部と内部で分子鎖の長さが異なっていることも見出しました。一例としてZnDTPの種類(分子構造)を変えて実験を行った結果を以下に示します。
 潤滑油の基油である鉱油に分子構造の異なるZnDTPを添加して摩擦試験を行うと、アルキル基が長いZnDTPを添加した潤滑油を用いて金属表面に形成させた反応膜はアルキル基が短いZnDTPを添加した潤滑油と比べて摩擦係数が低くなりました。そこで、HAXPESを用いて、おもに反応膜を構成しているリン系化合物について膜の深さ方向の化学状態の変化を調べました。HAXPESスペクトルを解析した結果、リン系化合物はZnDTPのアルキル基が長い場合も短い場合も、ポリリン酸とわかりました。さらにスペクトルを詳細に解析してポリリン酸を構成する酸素を架橋酸素と非架橋酸素に分離し(図23)、それぞれの比率を算出しました。得られた比率もとにしてポリリン酸の分子鎖の長さの推定を試みました2)。その結果、アルキル基が長いZnDTPを用いて形成させた摩擦係数の低い反応膜はアルキル基が短いZnDTPを用いた場合に比べて、反応膜の表層部、内部ともポリリン酸分子鎖が短いことがわかりました(図4)。さらに、ZnDTPのアルキル基が長い場合、短い場合とも、反応膜の表層部がポリリン酸の分子鎖がより長いこともわかりました。

今後

 これまでは、摩耗防止剤単体で評価を実施してきましたが、実際の処方では摩擦調整剤、その他の添加剤が多種添加されています。今度、それらが摩耗防止剤による反応膜の生成・成長や組成にどのように影響しているかも検討し、反応膜の生成機構解明に繋げたいと考えています。

参考文献

1) Y. Iwanami et al., ACSIN-14 & ICSPM26, Sendai, Japan, 予稿集p.59 (2018).
2) R. Heubergera et al., Tribology Letters, 25, 185 (2006).

参考図

図1 ZnDTPの分子構造
図1 ZnDTPの分子構造

図2 ポリリン酸の分子構造
図2 ポリリン酸の分子構造


図3 O1s HAXPESスペクトル
図3 O1s HAXPESスペクトル

図4 反応膜中のポリリン酸分子鎖長の推定
図4 反応膜中のポリリン酸分子鎖長の推定


【関連情報】

  • 関連ビームライン:BL46XU
  • 掲載日:2020年8月11日

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